カオルくんの闘病記

1月1日(水)

明けましておめでとう!
去年7月17日の緊急入院前夜以来、初めてカオルくんと夜を共にした。カオルくんの人口呼吸器の呼吸音が子守歌代わりのように聞こえ、簡易ベッドの寝心地はとてもよく、ふたり並んで新年を迎えることができた。まさしく、明けましておめでとうである。年が越せないかもしれないという状態であったのに、意識を保ったまま無事、年が越せたのだから。夜中の2時と明け方5時に「吸引」があったので、私も起きてしまったが、夢を見るほど深く眠ることができた。

6時。起床の明かりがついた。看護婦さんが「あっ、起きた!」と言う。カオルくんは目をパッチリ開けていたが、私はまぶたが重くて重くて、体も重くて重くて、8時近くまで布団から出られなかった。

「カオルくん、明けましておめでとう! 今年もよろしくね。去年はつらい年だったけど、今年は奇跡の復活の年でしょ? 周りをびっくりさせるんでしょ?」と大きな声で話すと、左目でかすかにうなずいたように思えた。昨夜、買っておいたパンとコーヒーの朝食。なんだかホテルで迎えた朝のように、いい気分だった。いい年明けじゃないか、と思わせるような爽やかな朝だった。

10時近く、カオルくんの管の交換があった。K先生に代わる先生? と看護婦さんとが処置を始めたので、私は病室の奥に引っ込み、ベッドに背を向け“奇跡の粉”の準備。それを終え、さて、闘病記を書こうとノートを取り出し、ぼんやりしていたら「おはようございます!」と、のぞき込むように挨拶をしてくれたのは、I先生だった。「あら、元旦からお仕事ですかぁ?」と私。「えー、いつも通りです」と先生。病院でひと晩を過ごしたこともあり、また、入院半年という長い付き合いということもあり、看護婦さんはもちろん、お医者さまも、なんだか家族のように暖かくて、嬉しい年明け気分がさらに増した。

午後。病室の真向かいの、若い医師が集うパソコンスペースに、K先生が私服で現れた。31日いっぱいで異動することになっているK先生は、昨日はバタバタと書類の整理やら何やらで忙しそうで、声をかけそびれたままだった。夜明け前、カオルくんの吸引の際、私も目を覚まし、重ーい体を起こすとK先生もいて、むっくりと姿を現した私の姿に驚いた様子だった。だが外はまだ暗く、私は頭が重く結局、何も挨拶をしないまま朝を迎えてしまったので、もうお会いできないものと思っていた。

今日こそ、ちゃんと挨拶しなくては……と、K先生の行動をうかがっていると、先生のほうから病室に来てくださり、笑顔で「ボクは今日で失礼します」と言った。私はK先生に「いろいろお世話になりました」と、挨拶し、カオルくんに「K先生今日限りですって。寂しくなるね!」と言った。カオルくんはわかっただろうか?

「口うるさい家族で申し訳ありませんでした。お体大切になさってくださいね」すると、なんとK先生が右手を差し出してきた。不満や苦情ばかり言っていたこんな私に、握手を求めてくれたのだ。なんだか、とっても寂しかった。K先生はお会いしてから今日までで、いちばんの笑顔で去っていかれた。K先生には最期までいてほしかった。

さて帰ろうか、と、私が帰り支度を始めるとカオルくんは、はっきり目が覚めて、動きがよくなってきた。これもいつものことだ。16時。私がさようならの手を振ると、カオルくんも何度も手を振ってくれた。

今夜は実家に泊まる予定だったので、小田急線の登戸で電車を降り、生まれ育った町を歩いた。以前住んでいたアパートの近くの公園は、私が生まれた当時のままだ。私が24歳の時、私には「他の彼」がいたのに、海外から帰国したばかりのカオルくんは、私とよりを戻したいと、かなり強引な行動に出た。その日、私は当時の彼と彼の仲間たちとスキーへ行くことになっていた。けれど、彼とカオルくんとの間で、私の心は揺れに揺れていた。朝早く、カオルくんから電話がかかってきて「近くの公園にいる。さらいに来た!」と言った。それが、カオルくんの一回目のプロポーズだった。

そのカオルくんのプロポーズを受けた公園の脇の道を歩いていたら、当時のことを思い出し、泣けて泣けて仕方がなかった。今までずっと涙をこらえていたのに……。去年の後半のがんばりが、一気に崩れてきたのだ。

実家には、姉夫婦が母と一緒に住んでくれている。義兄は婿に入ったわけでもないのに、とてもよくしてくれている。その義兄の実家は兄弟姉妹6人がお正月に揃うので、姉夫婦は私の息子ふたりを連れて出かけており、留守だった。家に残っているのは、母だけだ。実家の近くまで、泣きながら歩いて来た私は、こんな涙顔を母には見せられない、と思った。市営住宅の隣は多摩川が流れている。その川の流れで涙をとめて、私はドアのチャイムを鳴らした。

心臓手術を2度している母が久しぶりに台所に立って、娘の私に夕飯の支度をしてくれた。それが嬉しくて、また急に緊張が弛んでしまい、今まで我慢していた涙がとうとう大爆発してしまった。吐いてしまいそうなほど、喉の奥から声が出て、こんな嗚咽を漏らすのは、私の人生の中で初めてだろうと思うくらいの大きな叫び声を上げて泣いてしまった。

今まで周りを心配させてはいけないと、ずっとずっと泣かずにきたのに。「ごめんね。お母さん……」母も「かわいそうに、かわいそうに」と、言いながら一緒に泣いてしまった。とうとう母がたまりかね「ナミエが泣いてる」と、姉に連絡をとった。

やがてしばらくすると、姉夫婦が息子たちふたりと一緒に帰ってきた。玄関のほうから、元気な声がする。その頃には、私も落ち着きを取り戻していたが、明らかに泣いたとひと目でわかる私の顔を目にすると、ようきの顔色が曇った。義兄はお酒が入っていて、楽し気に明るい調子で私の肩を揉みほぐしてくれた。そんなみんなの優しさに、また涙が出てきてしまい、今度はまあきとようきのふたりが、私の背中をさすってくれた。

1月2日(木)

頭が凝る、ということはあるのだろうか? 朝起きた時から体全体が鉛のように重く、頭が重いのではなく、「凝っている」感じだ。泣くというのは、とても疲れる。

今日は母の誕生日。母はひつじ年生まれの年女で72歳。私がカオルくんに会いに行く前、母の誕生会を兼ね、外で食事をすることにした。息子たちは“お子さまフリードリンク”を、楽しそうにお替わりしていた。その後、私は病院に向かった。私はかなり疲れていたので、病院へ行くのがつらかった。よく倒れないものだと、自分でも感心する。今日は胃薬をやめて頭痛薬を飲んだ。

病院に到着し、病室の「謹賀新年」のお飾りつきドアを開けると、カオルくんは眠っていた。「起きてー。遅くなっちゃった。わかるー?」“起きてコール” は、頭が痛い時は非常につらい。私の頭にガンガン響く。私はカオルくんの手を握って、カオルくんの布団の上に顔を寝かせ、目を閉じた。そのままずっと休んでいた。

この日もやはり帰り際にカオルくんは目を覚まし、はっきりとバイバイの手を振った。

1月3日(金)

きょうは雪。今度の冬は、雪がよく降る。それも11月、12月そしてお正月と……。自宅を出て病院に行く前に上野の街をブラブラしてしまい、病院到着は 14時過ぎとなった。お正月の一大イベント、「箱根駅伝」をカオルくんと一緒に病室で見ようと考えていたのに、私が病室に着いた時は、先頭の駒大はもうゴールインしてしまっていた。

「カオルくん! 今日の復路は雪だよ。箱根の雪はよくあることだけど、大手町もすごい雪が降ってるよ。駅伝はいいねー。毎年、感動するね。あー、日大が入ってきたよ。ホラ母校の日大ゴール! カオルくん、おめでとー!!」着くやいなや大きな声を出したので、どっと疲れてしまった。

「明けましておめでとう!」その後、ちづちゃんと、高2になるちづちゃんのひとり娘がお見舞いにきた。病院へ来る前、母娘は買い物をしたと言い、『23区』のスカートを袋から出して見せてくれた。黒でレーヨンかな? しわにならず軽く、模様も派手でなく、私も着たくなるようなかわいらしさだ。「娘のだけど、私もはけるかな?」と、ちづちゃんがトイレで試着し登場した。

「兄貴ねえ、見て! スカート似合う? ねえ見える?」とちづちゃんは、カオルくんのベッドサイドでアピール。カオルくんは首が動かないので、低い位置のスカートは見えないだろうと、ちづちゃんはジャンプをする。「ホラ、見えた?」ジャンプ、ジャンプ。「ねえカオルくん、妹へんだねー。おかしいよー」と私。すかさず、ちづちゃんは声が出せない兄貴の代弁をする。「おまえもだろー」。明るくて元気で、へんなおばさんたちにも、ちづちゃんのひとり娘は、あきれてはいなかった(はず? それとももう慣れた?)。

見舞いなんだか面会なんだか、井戸端会議なんだかわからないまま、この日は退室。カオルくんは、今日はバイバイと手を振ってはくれなかった。

1月4日(土)

前夜は10時ごろに寝てしまい、夜中の0時半頃にいったん起きた。深夜1時15分から『サイモン&ガーファンクル伝説のライブ・イン・セントラルパーク』をNHKが放映していたので、それを録画しながら、あれこれ片付けものをし、真夜中の3時半頃ふたたび就寝。起きたのは9時で、窓を開けたらピーカンだった。

病院に着いたのは13時近かった。私が病室に着いた時は、にぎやかな声に包まれていて、すでに姉夫婦が到着していたことがわかった。お正月期間のきのうまで、息子ふたりは実家に泊まっていたのだが、きょうから自宅に戻ることになっており、カオルくんの病室で待ち合わせることになっていたのだ。

父子対面は1週間ぶりだ。子供たちは、声が出せず管だらけの父親の姿に慣れてきているので、病室に悲しみの空気はない。子供たちは、姉夫婦が連れていってくれた先々で買ってもらった小さなオモチャを取り出す。そしてカオルくんに説明しながら見せ、それを手渡すと、それをつかんだ。子供たちは「つかんでる。つかんでる!」と大喜びだ。

その後、カオルくんはまたウトウトとし出した。ふたりの息子は、「あー寝ちゃうー。どうすれば起きるかなぁ」と言い、父親の目を覚まそうと、ベッドの脇で踊りだした。アニメで見た踊りのようで、ふたりとも同じ踊り方だった。カオルくんは声に出せないけれど、“息子ふたりが今まで通り、元気で明るくて、本当によかった”と思っているだろう。

その後、病室の奥に新聞紙を広げ座らせると、ようきはその上でドラえもんのマンガを読みはじめ、それを横からのぞき込んで見ているまあきは、きちんと正座をしていて、なんだかそんなふたりの姿がおかしかった。

ふたりの息子がいると、つい病室が騒がしくなってしまうので、そう長居もできない。「お父さん、またね。また来るね。がんばってね!」と、帰りがけにカオルくんに声をかける息子たち。カオルくんは手を振ってはくれなかったけれど、そう残念に思うこともないかもしれない。I先生が病室に来てくれた時、「朝カオルさんはグーサイン(good)してましたよ」と、教えてくださったのだから。

1月5日(日)

兄夫婦が面会へ行くと知り、今日は病院を休むことにした。久しぶりに布団を干し、部屋を少しは片付けられたが、まあきが冬休みの宿題をてんでやっていないことを知り、目まいがした。残してしまった宿題は、まあきの苦手な絵日記と習字だ。まあきの習字は、小学校3年生の時から始まっていた。今年のお正月の宿題、「書き初め」のために、去年の夏休みに特訓する予定だったのだが、カオルくんの病気で、それができないままになっていた。

まず、私が筆を持って、手本を書いて見せる。「まあき、ようく見ててね。線は止めた後、ほんの気持ち、筆を戻すんだよ。ほら、そうすると吹き流しのようにならないんだよ」まあきは私の教えを守り、練習をすると、だんだん上手になっていった。よし清書だ! だが、慣れない長い半紙に、清書という緊張のためか、せっかく上手くなったはずなのに、ありゃりゃー、やっぱり「吹き流し」になってしまった。再び目まいが起きそうで、私は夕飯の仕度に台所へと立った。

短気じゃないカオルくんがいてくれたら、習字の指導は任せたのに。せっかくの休日はかえって疲れてしまった。

1月6日(月)

まあきとようきの3人で、イトーヨーカ堂でお買い物をした。買い物後、昼食用にマクドナルドでハッピーセットを買うと、それぞれのスクールバッグに入れた。私は病院に向かうため、ふたりと駅でバイバイをしたが、手を振った後、すぐにふたりは仲良く話しながら歩き出した。子どもたちは母ちゃんに振り向いてもくれないが、こうやってふたりに後を任せられるほど大きくなったんだね、としみじみ思いながら電車に乗った。

今の時期、どこもクリアランスセールで、ついあちこち見てしまう。わぁ〜かっわい〜、上野で見つけた、タータンチェックの巻きスカート! 心が沈まぬよう、おしゃれしなくちゃ。えい! と買ってしまい、るんるん♪と病室へ向かった。

病室に着くと、カオルくんは眠っていた。大声を出してもなかなか起きない。つねってもはたいても、何しても起きず。やがて微かに瞳が開いても、目覚めた感じはなく……。16時、もうそろそろ帰らなければならず、タイムリミット。水泳と体育教室に行っている息子たちを迎えに行かなくてはならない。

「ねぇ、帰るけどー」と、カオルくんに向かって大声を出す私。するとそこに、リハビリのT先生がみえた。新年の挨拶を交わした後、再びカオルくんに「帰るよ〜」コール。そこでT先生もカオルくんに向かって、「奥さん帰るって。わかってる?」と、言った。

あっ、目覚めた感じの瞳だ。T先生にはものすごく反応がいいんだなー。少しやきもち焼いちゃうなー。「じゃあね。じゃあね。手振ってよー!」と私。しかしカオルくんは、ピクリとも動かず。目覚めてから実際の動きにつながるまで、いつもものすごく時間がかかるのだ。まっ、いーか。目覚めてくれたんだから。カオルくんは、途中で眠りながらも、手ではピースもしてたしな。

1月7日(火)

最近のカオルくんは眠っていることが多く、昨夜はほとんど眠れなかった。朝起きるのがつらい。だが気力で起きて、横浜のクリニックへ“奇跡の粉”を取りに行った。病院に着いたのは14時近く。やっぱりカオルくんは眠っていた。

昨日みたいに起きないのかなあ? 「起きてー、起きてー。ねー起きてー。寝過ぎだよ。ねえまだ昼間。起きろ〜〜!」と言いながら、カオルくんのほっぺたをたたく。そうするとうっすら瞳が開く。「起きて、起きて、起きて〜!」さらに続けると、かなり起きてきたじゃない。

「ねーわかる? ねー、起きた? わかる? 足……左足動く? ねー左足動かしてー」。あっ、動いた!「わかる? ねーわかる? 手は? 動かしてみてよ。手ぇ〜!」次は、手がやんわりと動いた。動いた、動いた。昨日よりいいじゃない。「昨日は全然動かないから心配したんだからね……」カオルくんにキスをすると、また眠ってしまった。

ずーっと声をかけつづけるのも疲れる。それも大声となると、頭が痛くなってくる。けれど声をかけないとカオルくんが眠ってしまう……。

1月8日(水)

二日続けてカオルくんの反応が乏しいと、かなり落ち込んでしまう。でも、今までだって二日間鈍くても、翌日は動きがよかったことだってあったじゃないか……と、自分を励ます。

今日から2学期がスタートだ。昨日、「学校が始まる。うれしいよー」と子供の前で本音をもらすと、まあきが「世話がやけないから?」だって。

お昼に上野のデパートで幼稚園からの幼なじみ、Mちゃんと待ち合わせ、ランチをした。Mちゃんとは、この闘病のおかげで10年ぶりに、密に連絡をとるようになった。おたがい家庭を持ち、離れて暮らしていると年賀状ぐらいのやりとりとなってしまうが、古くからの友というのは、会ってしまえば歳月の隔たりを感じさせない、私のことを理解してくれる、ありがたい存在だ。

Mちゃんは、私やカオルくんと一緒にスキーに行ったことがある。当時カオルくんはMちゃんのファンとなり、友人とMちゃんファンクラブを作ったほど、カオルくんにとっては大きな存在だった。だからか? その後、Mちゃんと一緒に病院に行ったのだが、きょうはとてもカオルくんの反応がよかったのである。

Mちゃんと一緒に面会した時、ちょうどカオルくんが目を覚ましていたこともあり、瞳を見た瞬間、きのうよりいいじゃん! と、思った。「ねえMちゃん来てくれたよ。わかるぅ?」で、Mちゃんに交代。「カオルくんMです。わかる?」と、いろいろ声をかけると、眉動くじゃん。あれ? 手も動いてる。少し離れて手を振ると、左手をあげた。わかってるじゃん。動くじゃん。

「よかったあー。心配したんだよ。2日間ほとんど眠っていたから」と、私。Mちゃんがカオルくん宛に届いた年賀状を読んで聞かせてくれる。その中の一枚を<貸して>とでも言うかのように、カオルくんが手を延ばしたので、渡すとしっかり掴んだ。いいねえ、いいねえ。

その後、リハビリのT先生が登場。「2日間眠ってたんですけど、きょうは動きがいいです」と言い、ひざの曲げ伸ばしを始めた。Mちゃんがリハビリを見守りながら「気持ちいいんじゃない。ねえ?」と、カオルくんに声をかけると、眉が動く、手が動く。「カオルくん握ってー」とMちゃんがカオルくんの手を掴むと、「握ったあ。凄い! ねえ握ってる!」とMちゃん。やっぱファンなんだよ。Mちゃん効果だあ〜〜!! よかった。本当によかった。

私が帰る頃、カオルくんは眠ってしまったが、このまま諦めてなるものか、と思わせた。ありがとう。私の大事な友だち。。

1月9日(木)

「夜も調子がよかったよ」とのちづちゃんからのメールを読み、昨夜はよく眠れた。お弁当にゴボウとチキンのサラダなんか作って病院へ持っていけるほど元気な朝だった。昼に病院到着。きょうのカオルくんは、私の「声かけ」にかなり早く目を覚まし、いろいろな話に眉で返事をする。指もよく動いた。

昼食。私は片手でサラダを食べ、片手でカオルくんの手を握り、眠らせないように苦労する。きょうはかなり長く起きていたので、私が帰るころには眠っていたけれど、動きがよかったために安心し、すんなり帰ることができた。

1月10日(金)

昨日の新聞やテレビニュースで、カオルくんが加入している生命保険会社が合併見送りになったと知り、この先の経営が心配で心配でならない。その生保は、もう2年ほど前から危ないと噂されている会社なのだ。今回の闘病は、保険が頼りだというのに、不安でいっぱいになる。昨夜は久々に胃がキリキリ痛くなり、寝つかれず、とうとう人生初めての入眠剤を服用して眠りについた。だがそれでも、5時半に目が覚めてしまった。まあ5時間は熟睡できたけど。

ここ数年日本はおかしい。生保に続き、銀行も潰れる時代とは。安心はどこで手にいれればいいの? そんなことを考えながら病院に向かう。病室へ行くと、カオルくんは起きていた!!

目、いいじゃん。「こんちは!! わかる? 今日は1月10日金曜日だよ。今ちょうどお昼!」とまず声をかけ、少し離れて寝ているカオルくんから見えるように手を振ると、手が動いた!「足は? 足は動きますか?」今度は左足が動いた。かなり動いた。調子いいじゃない! 安心してひと休み。それでもカオルくんは眠らず、ずっと起きていた。。

1月11日(土)

お昼に病院到着。家から持参した簡単な昼食を終え、カオルくんにその後届いた年賀状の報告をすると、<貸して>とでも言うように、左手が上がったので、年賀状をつかませた。カオルくんは葉書をつかんだまま手を動かす。葉書がパラリと左手から離れても、すぐにまたつかむ。すごい、すごい!

その後、Kくんが来てくれた。Kくんとふたりで、カオルくんにいろいろ話しかけると、ピースサインもOKサインも出たのだ。なんて今日は動きがいいの。安心して帰れるよ!

1月12日(日)

磯子の伯母さんとその孫のケンちゃんがお見舞いに来てくれることになった。家まで迎えに来てくれたケンちゃんの車に、伯母さんと私、そしてふたりの息子が乗り込み、病院に向かった。親戚とはいえ、カオルくんはケンちゃんと、ほとんど面識はない。私も今回、初めて車の中で長い時間話をしたのだが、ケンちゃんはとても優しい青年だ。

横浜ベイブリッジからレインボーブリッジを走るドライブに、息子ふたりは、はしゃいでいる。病院での面会では、まあきとようきが父親の顔の周りに小さなおもちゃを並べて笑っていた。特に父親のおでこの上にガンダムの小型ロボットを乗せ、落っこちないことにふたりは大はしゃぎだった。

病院の帰り道、ファミレスで遅めのランチをした。まあきはお子さまランチではなく、大人サイズのハンバーグステーキとライスをペロリと平らげた。ハンバーグが熱々で目をつむってホッホッホッ、ハフハフ熱さをこらえる表情がおかしくて、かわいくて、カオルくんに見せたいと思った。モリモリと食べる息子たちの姿を、カオルくんと一緒に見たかった。

1月14日(火)

カオルくんの調子の良し悪しは、このところ二日おきだ。けれど、その日の時間にもよる。タイミングによるのだ。日曜・月曜と調子は今いちだったので、きょうは良いことを願っての面会だ。病室に入ってすぐに「起きてる?」と声をかけると、カオルくんが目を開いた。「よォ、こんちは! 昨日来れなくてゴメンね。ちづちゃん来たでしょ?」カオルくんはしっかり目覚めているようだが、手が動かない。ならば「足は? 左足動く?」動いてる。足はよく動くのだ。「手は? ダメ? 手ー」やはり手は動かない。

いったんあきらめ、昼食とする。2か月半食事をとってないカオルくんの隣で食べるというのは気が引けるが、悲しいことに彼の視界は狭く、私が食事をしている姿は、おそらく見えていないはずだ。食事が終わると、再び声をかける。「ねぇ、ねぇわかる? 見える?」ひたすら手をふる。少し左手が動いてきた。手というより指が。吸引や体の向きを変えたりとするうち、目が覚めたのか、だんだん動きがよくなってきた。そして、グーチョキパー弱々しいが何とかできた。

夕方になり、「そろそろ帰るね。またね。また明日ね」と言うと、カオルくんの足が動いた。「手は? 手はダメ? またね」何とか微かに手の指が動いた。看護師さんが「最近どうですか?」と尋ねてきた。「大きな声で話しても、たたいても、つねっても起きないときは、ずっと眠っていて心配になるけれど、目覚めているときは手がよく動いたり、記事や写真を見せると目で追う動きもあって、かなりムラがあります」と伝えた。そうすると、「やはり奥さんだと(反応が)違うよね、と私たち話してるんですよ」と看護婦さん。そうかしら? ムラがありすぎて、よくわからないが。

1月15日(水)

昨日は花見のころの陽気だったのに、今日は一転、北風が冷たい。銀行に寄ったり、用事を済ませて病院に着いたのは12時30分だった。カオルくんの目は開いてた。「ちわ〜〜っ。お〜〜い、わかる? 今日は1月15日、水曜日。昨日は暖かかったのに、今日は風が強くて寒いのよ」と声をかける。だが手は動かなかった。

管の交換があったので、今日は食堂でお昼にした。窓から見える不忍池は、枯れ葉色。入院当初は濃い緑だった。病室に戻ってから、カオルくんの手足をタオルで拭いた。洗面のお湯はかなりぬるく、もう少し熱ければいいのになあ、と思う。手足を拭いた後はローションを塗る。そして塗りながらマッサージ。エステティシャンとなる。「お客さん、気持ちいいですか〜〜? 気持ちよかったら何か返事してくださ〜〜い」だが、返事らしきものはなく、手の指は動かず。左足はかなり動くのだが、特に右足右手は動かない。

返事が感じられないので、反応がいいほうの左手のマッサージに思わず力が入ってしまうと、カオルくんが顔を歪めた。「えっ? 痛かった?」と、いうと、カオルくんは眉を動かして返事をした。何だ痛いんじゃない。わかるじゃない! エステサロンは終了。次はお祈りの時間。ちづちゃんが、友人からもらったという“聖”と書かれたお札を頭の下にはさみ、憎っくきがん細胞が消えますように、消えますようにと手を合わせる。それからカオルくんの両手を組ませる。「祈ってる? ねえ、祈るんだよ!」と声をかける。エステ、祈りとメニューをこなすのも結構たいへんだ。ハァ〜〜。ひと息ついて休むと、その間にカオルくんは眠ってしまうし。

1月16日(木)

お昼に病院到着。カオルくんは起きてはいたが、ぼんやりしていた。完全に目覚めた瞳になかなかならず、手をふっても左足をくすぐっても、手が動かない。昨日かなり動いた足さえ、ピクリとも動かない。あららー。眠ってる? 吸引や体の向きを変えるなどの処置で、私はしばしば廊下に出される。その後、ベッドサイドに戻って、再び声かけを開始。「さっきより目、覚めてる感じじゃない。動く? 動かせる?」やっと左手の指が少し動き始めた。

古くからの友人Hさんが面会に来てくれた。「カオルとはねスキーも行ったんだよ。こいつ上手くてねー」そう、私もスキーが上手いというカオルくんに、ちゃんとついていけたのだ。苗場のコブをはねるように滑り降りたなー。あの日が懐かしいよ。

Hさんの話しかけに、カオルくんの指の動きが少しずつよくなってきた。「わかってるよね? 全部わかってる」カオルくんは、だんだんそんな瞳になってきた。「じゃあな。またな。また来るからな」と、病室を出て行こうとするHさん。だが残念ながら、カオルくんの左手は上がらなかった。そして私もそろそろ帰ろうという時、やっとグーチョキパーをしたのです。Hさんがいた時にそれができれば、すごく喜んだでしょうに……。

1月17日(金)

いつものようにお昼に病院着。カオルくんの目が開いていたので、いろいろ声をかけたが反応はサッパリ。足をくすぐってもピクリと動かず。これは眠ってる。目は開いていても、絶対に眠ってる瞳だ。しばし休んでふたたび声をかけると、先程よりは目覚めた感じになった。さて、エステサロンタイム。手足を拭き、ローション塗りマッサージをする。やっとだんだん目覚めてきた様子だ。顔を拭くと、あらら眠っちゃう。顔を拭くとよく目を閉じる。やはり気持ちいいのだろう。

カオルくんの爪が伸びたので、今度は爪を切ってあげる。お風呂に入っていないので硬い。特に右手の爪が硬い。動かないだけ硬いのだろうか。途中、売店へお買い物に行くことになった。「売店いってくるけど、起きてよ!」でもきっと眠っちゃうかなー、と思いつつ買い物を済ませ、病室に戻ってみると、カオルくんは起きていた。

「ただいま!」カオルくんの眉が動いた。桑田佳祐のノリのいい曲で私がリズムをとると、カオルくんも手足でリズムをとるような動きも出てきた。いいじゃん、いいじゃん。さっきまでピクリとも動かなかった左足をくすぐると、応えるように足を動かした。そして、首も微かに動かしたのだ。その後、M先生が声をかけてくれた時、また、私が「帰るね」といった時、足と手でバイバイをしてくれた。

1月18日(土)

家の用をこなした後、まあきとようきを一緒に買い物をし、ふたりの息子に買い物したものを預けると、駅でバイバイをした。私はまっすぐ病院に向かい、14 時に着いた。カオルくんのベッドの横で、あわただしく昼食をとり、その後病院の外の様子を撮影したビデオを見せてあげると、カオルくんの目が動いた。画面を見つめ、追っているような目の動きだった。手も足もよく動き、ホッとした。

1月19日(日)

きょうは息子ふたりを面会させたかったが、午後から雨というのでひとりで病院に行くことになった。きょうは姉夫婦も、病院に来てくれた。私が病院に着くと、カオルくんは眠っていた。「起きて〜〜〜」だが、足をくすぐったり、手つねったりしても目覚めてくれない。きょうは一日中、声かけを頑張ったが、とうとう目を覚ましてくれなかった。

1月20日(月)

雨が上がり、きょうは晴天。とても気持ちがいい日だ。暦の上では今日は大寒。昨夜からの雨は冷たかったが、晴れ間がのぞくと春の匂いさえする。

池之端でランチをしてから病院へ。「起きてる?」とカオルくんに声をかけた。カオルくんの左目は、たとえ眠っていても開いていることがあるので、いつも最初はは起きているのか眠っているのかがわからない。う〜ん、きょうはどうやら、半分起きてて半分眠っている様子だ。まだ完全に眠っている状態よりは、スタートしやすい。「こんにちワンタンメーン! こんにちわんこそば!」息子たちが交わしているギャグでの挨拶から始めてみた。

「お〜い、お〜い!」ベッド脇で、なんとか夫の目を覚まそうと必死になっている私の姿は、人から見ると滑稽に違いない。きょうもカオルくんの目覚めが悪いので、私も疲れきってひと休み。だが、休んだ後も諦めず、姉が置いていってくれた写真を見せる。年末年始に、まあきとようきが姉夫婦のもとで過ごした時の写真だ。すると、瞳がよく動いた。ちゃんと写真を見ている感じの瞳だ。ふだんは閉じたまま開くことのない右目も、わずかに動いている。何かを見せるというのは刺激になるのだ。その後、ミニアルバム2冊を見せた。だが、大きな声での説明はけっこう疲れる。ふ〜〜っとひと息ついていると、M先生がきょうのCTの検査時、造影剤を入れるので……と、承諾書を置いていかれた。

承諾書にさっさっと必要事項を記入し、検査のスタートを待っていると、I先生が登場。「検査には私も立ち会いますので」と、頼もしい。カオルくんは、人工呼吸器の他、体中管だらけなので、ストレッチャーへの移動も大変そうだ。I先生、M先生、看護師Hさんの3人は慣れた手つきで、カオルくんをベッドからストレッチャーに移した。あっという間だった。初めて病室の外に出るというのに、カオルくんはストレッチャーの上で眠ってしまっていた。

「ほら、お散歩よ。部屋から出ているんだよ。起きてなよ!」I先生も「小旅行ー。寝てないでー」と、カオルくんに声をかける。あらあら、せっかくの移動なのに、カオルくんはトロトロ状態の目だった。CT検査は10分程度で終わり、ふたたび移動。あ〜〜〜もったいない。もう病室に戻っちゃうよ。カオルくん、起きてればよかったのに……。研修医のM先生はとても眠たそう。I先生「僕も研修医の時、エレベーターに乗ると眠らないように足踏みしてました」ですって。

CT検査前、I先生は「さて、さて!」と気合いを入れてくださっていて、私は<おやっ? 腫瘍が小さくなってますねぇ>なんて、言ってくれるのではないか……と、願った。

1月21日(火)

このところ毎日病院通いだったので、疲れからかきょうは頭が痛く、きょうは病院を休んだ。家の用事がたくさんたまっているのに体が重く、これとあれをしよう……と、いろいろ予定を立ててみたが、結局考えていた半分もできずに一日が過ぎてしまった。

1月22日(水)

昼前に病院に到着。カオルくんは眠っていた。足をくすぐり手をつねり、大声をかけても目を覚まさず、今日はダメだ〜と、ひと休みすることにした。以前はまったく反応がないと、それだけでどっと落ち込んでいたが、最近は“今日は眠りの一日か?”“明日はいいかも?”と、気持ちを切り替えられるようになった。

ひと休みした後、再び声かけの開始。声をかけると、カオルくんは半分眠っているような状態のまま手で“ピース”をする。無意識にしてるのかなぁ。さて「帰るよ。明日は、まあきとようきの授業参観日だから来れないよ。あさってね!」と言ったら、カオルくんの首が動いた。“またね”を意味する二本指が、何度も動いた。

1月23日(木)

息子ふたりの授業参観のため、きょうは面会を休んだ。冷たい雨のなか学校へ。1年1組の廊下で、まこちゃんとれいちゃんが「久しぶり」とじゃれてきた。あきたかくんが「やあ!」って挨拶をしてくれ、しゅうへいくんもじゃれてきた。アレレ〜〜。私って人気あるじゃん♪

ようきの授業は「生活」で、テーマは“清潔なからだ”。先生の「汚れやすいところはどこですか?」の問いに、ようきが手をあげ、さされる。「手!」と、元気よく言い、後ろに立っていた私を見ておどけていた。まあきの3年2組は「理科」の授業で、テーマは“磁石”だった。磁石にくっつくもの、くっつかないもの、という問題に、まあきも手をあげて答えていた。

ねえ、カオルくん。息子たちは立派だよ。明るくハキハキ答えて、楽しそうに授業を受けているよ!

1月24日(金)

“奇跡の粉”は横浜のクリニックではなく、他のルートで少し安く購入できたので、“奇跡の粉”を1回分ごとに包む薬包紙だけがほしくてクリニックに聞いてみたが、置いてないとの返事をもらった。仕方がないのでダイエーの薬品売り場に尋ねてみると、あることはあったが、「処方箋を受け付けた方への分しか置いてないので、お売りできません」と、言う。ケチ! と思いながら、横浜駅西口周辺の薬局を4〜5軒ほどあったが、薬包紙はどこにもなかった。仕方なく、もう一度ダイエーの薬品売り場に頼むしかないと、ふたたび訪れた。

そして売り場の女性に、「薬包紙をどうしても譲っていただきたいんです。主人が末期ガンで明日なにが起きてもおかしくない状態で……。民間療法に頼るしかなく、そのために薬包紙が必要なんです」と訴えたとたん、涙がポロポロと出てきてしまった。薬品売り場の女性ふたりが、そんな私の様子に驚いて「これでだいじょうぶ?」と、薬包紙をどっさりと出してくれた(あるんじゃない!)。「ありがとうございます。おいくらですか?」「代金はいいわよ。大変ね。がんばってね」と、励ましてくれた。

横浜駅までの通りは、若い人であふれかえっていた。コンタクトレンズのチラシやテレクラのティッシュや得体の知れないアンケートの声かけをくぐり抜けながら、私は涙をポロポロ流しながらJRの改札へと急いだ。病室へは16時30分ごろ着いた。今日は夜19時30分に、月曜日のCT検査の結果報告がある。

きょうのカオルくんは、左目が赤く、目頭のきわの肉が赤くふくらんで、痛々しい。看護婦さんに聞いてみると、「目が開きっぱなしになっていると、潰瘍ができてしまうんです」とのこと。潰瘍なの〜〜。きょうは薬局めぐりで疲れてしまっていたこともあり、弱気になり、ふたたび涙が出てきてしまった。

その後、リハビリのT先生が来られ「足はよく動くのねー」とおっしゃる。そう、目や口や手はあまり動かないが、左足はよく動くのだ。先生が帰られたあと、カオルくんにあれこれ話しかけた。話題は、カオルくんが好きだった旅のこと。そういった話題だと、カオルくんはよく反応するから。特に写真などを見せると、もっと反応がよくなる。

ベッドサイドでの話題にしようと、昔カオルくんが中東に行ったときの写真を家で探したが見つからず、当時の知人に連絡して「ぜひ写真を探してほしい」とお願いしていたら、その後、その方から1枚の写真が届いた。「少々小さいのですが、中東で一緒に登山したときものがありました。写真の中でサングラスをしているのがカオルさんです」

送ってくださった方からの手紙を読み、中東の写真を見せると、カオルくんの目が動いた。首も動いた。まもなく左手の二本指も動きはじめたので、「ああまだ大丈夫」と、ホッとした。「今日、疲れちゃって。少し休むね」と声かけを中断し、カオルくんの手をにぎって、横の椅子に座り、ニュースを見た。カオルくんに向かって手をふってみると、それに応えるようにカオルくんの手が動く。あー、見えてるー!? 何回か私が手をふると、必ず反応する。見えてるじゃん。よかったよ。よかったよ……。

19時過ぎ。ちづちゃんが到着。そしてちづちゃんがいつものように「兄貴、グーチョキパーは?」と、ジャンケンをしかけると、しっかりとグーチョキパーをしたのです! すごい!!  妹パワー♪ 久々にはっきりと。カオルくんの動きが私たちふたりを元気にするのだよ。

19時30分。I先生、もうひとりのM先生も同席し、M先生から先日のCTの結果について説明を受ける。11月26日のMRIでは、「あと1〜2か月もつかどうか……」と、説明を受け、ものすごい速さで進行するがんであることを、その時私たちは初めて知った。それ以来の検査、CT撮影の結果だ。昨年末から、カオルくんの容態はどんどん悪くなり、「もうCTを撮るまでもない」と判断されていたのか、ここに来て検査をする様子を見せなかった医師団だが、1月もなかばを過ぎ、「またCTを撮ってみましょうか」ということになった。それはつまり、想像以上にカオルくんが頑張っているということではないだろうか。

「1月20日のCT結果ですが……当初、私たちが考えていたがん細胞の進行の速さを思うと、今度のCTでは、さほど進行していない様子がうかがえます。もっとも、CTはMRIほど詳しくわかりませんが。カオルさん自身、ときおり反応があるし、がんばっておられていて……」

主治医の先生方は多少、驚いているような様子だった。「アガリスクが効いているのかもしれませんし……」などの言葉も出た。その時、私な内心(おそらくちづちゃんも)ニヤリとした。私は心の中で、「家族愛なのでは?」くらい言えばいいのに、と思った。科学では証明できない愛の力の存在を、医師達に認めてもらうのは、難しいかもしれないけれど。

ただ、カオルくんが頑張っているとはいえ、それでも日に日に意識が低下していくのは、認めざるを得ない。意識の低下は、もちろん腫瘍の影響が大半だが、水頭症の治療をすれば、今よりコミュニケーションがとれる可能性もあるという。だが、治療によって、まれに感染症を起こしたり、血圧の低下を起こすこともあり、危険が伴う。また刺激をすることで、他の臓器への転移の可能性がなくはないという。わずかでも危険が伴うならば、残念だが水頭症の治療はできない。ちづちゃんも同じ意見で、医師達にはそのように答えた。

1月25日(土)

昨夜のM医師の「予想以上にカオルさんは、がんばっている」との報告に安堵し、疲れがどっと出たのか、きょうは朝から頭が痛い。カオルくんの会社のSさんが、パソコンをつなげに来てくださったのに。

自分が書いているホームページ(『愛ふたたび」の連載)が見られないなんて情けない、と以前Sさんに漏らした時、「では基本的な設定をしてあげましょう」と、いうことで来てくださることになったのだ。だが、コンピュータもあまりのコードの多さに、私は周辺機器やコンセントに接続するだけで四苦八苦……。私のあまりのPC音痴ぶりにあきれ、Sさんは私のPCを持って帰られた。

まあきとようきが学校から帰ってくるまでに少し時間がある。ほんの30分ほど昼寝をしたら、朝から私を悩ませていた頭の重さは消えていた。昼、結婚生活で2回目の出前を取る。これまでの10年間、私は店屋物をとったのは、たった1度だけだった。それは妊娠中のこと。どうしても台所に立てず、一度だけ出前を頼んで以来のことだ。

だから息子ふたりと食べる出前は、我が家では初。子供達が学校から帰ってきたのとちょうど同じ頃、ワンタンメン、チャーシューメンなどが届き、「わ〜〜、きょうは出前?」と、無邪気に喜ぶ。よく「出前」なんて言葉知ってるじゃん、と思ったら、どうやらマンガの中に出てくるらしい。

その後、なんとか夜ごはんの仕度をして、私は病院へ向かった。“奇跡の粉”を届けるという使命感でもってるこの体。我ながらよく倒れないと感心してしまうよ。

きょうのカオルくんは、左目にパッチが貼られていた。目頭に潰瘍ができてしまい、痛々しく、それ以上悪化させないためだ。「カオルさ〜〜ん、奥さんがいらしたわよ。カオルさ〜〜ん、奥さんがいらしたので、今から目のパッチ外しましょうねー」と看護婦さん。

パッチを貼ったために出た、目ヤニのせいだろうか、カオルくんの目がじっとりとしていて、ぼんやりしている。昨日はカオルくんから元気をもらったけど、今日はどうだろうか? と、不安にさせるような、目の表情だった。私はカオルくんの目の周りを拭いてあげ、次に手をマッサージする。

夕刊に載っていたカオルくんの仕事関係の記事を、最初は左側で読んであげると、微かに反応がある。途中で反対側のベッドサイドに移動して続きを読むと、その私の動きに合わせて、カオルくんは顔の向きをちゃんと変えたのだ。すごい、すごい! そしてグーチョキパーもできた。ベッドの足元で手をふると、手を動かした。その調子♪ イエイ♪ 看護婦さんのFさんに「M先生がアガリスクが効いてるのかもしれませんね、とおっしゃったけど、加えて家族の愛でしょうかね? と言わせたい」と話すと「そうですよー。愛ですよ。カルテに書いておきますね。愛ですって」と言ってくれた看護婦さん。本当に嬉しかった。

1月26日(日)

去年の夏、カオルくんが入院となった際、兄が相模の寒川神社へおはらいに行った。その時にいただいた御札を病室へ祀った。きょうはその御札を納めに、息子ふたりと共に兄夫婦の車で寒川神社行った。

だが、1月最後の日曜日、それも大安で祈祷所は長蛇の列。したかなく祈祷を断念することになった。結局、疲れてしまい病院へも行くことができなかった。

1月27日(月)

金曜日のM先生の、「アガリスクが効いてるのかもしれませんね」の言葉で、この2か月の“奇跡よ起これ”の想いが一段落したためか、ものすごーく疲れてしまった。きょうは朝から疲れていて、体が外に行きたくないと泣いていたが、昨日も病院に行っていないので、ドリンク剤を飲んで気力を奮い起こし、病院へ向かった。

午前11時病院着。病室に入ると、カオルくんは眠っていた。大きな声を出しての声かけは、ものすごくエネルギーが必要で、きょうはその力が出そうにない。なので、きょうはカオルくんのほっぺたをたたき、足をくすぐる作戦でいってみた。しばらくすると、わずかにカオルくんの手が動きはじめたので「昨日来れなくてごめんね。今日は雨だよー。グーチョキパーできるかな?」と、目の前でグーチョキパーをして見せた。

何度も何度も左手をたたきながら、あきらめずに繰り返すと、グーとチョキをした。パーはできない。けれど、グーとチョキだけでもできたので、今日はもうそれで満足することにした。私が疲れてしまい、しばらくカオルくんに声をかけずにいると、やはりすぐに眠ってしまった。帰りの時間が来て、「帰るね!」と私が声をかけても、きょうのカオルくんは眠ったままだった。

1月28日(火)

昨日の冷たい雨から一転、今日は春のようにほんのり暖かい。洗濯、片づけなど家の仕事をいろいろやっていたら出発が遅くなってしまった。姉と上野広小路で待ち合わせをし、ランチをしてから病院へ。15時30分に病室に入ると、え〜〜〜!? カオルくんの目にガーゼが貼られている。それもものすごく大きなものが。左目が開きっぱなしなのはよくない、とはわかるが、ガーゼが大きすぎる。

ショック……かわいそうだよ。起きたくても、あんなものが乗せられていたら、眠ってしまうよ。私はすぐにガーゼをはずし、カオルくんに声をかけたが、何をどう話しかけても左手は動かない。代わりに足が動く。左手に力が入っていない。わずかに手でピースをしたけど、左手ダラーンと力、入らず……。

姉と姪が帰ったあと、ちづちゃんが友人と一緒に面会に。友人のA子さんは、お祈りができる方で、さっそくまず私から祈ってもらう。なんとな〜く、心地良い気がしたけど……? そしてカオルくん。起きていたらよかったけど、眠ってしまっていて残念。お祈りをじっと見守りながら、私も祈っていると、あら…… 私、おかしい……。目の前が暗くなって……。これは貧血だ。

お祈り終了と同時に、私は椅子に腰かけ休んだが、顔色が真っ青だったらしく、ちづちゃんが看護婦さんを呼びにいってくれた。その間、A子さんがふたたび私に気を送ってくださる。カオルくんの病室で、私が血圧を計られる始末。若い医師が診にきてくれる。いやあびっくり。久々の貧血だった。

病院の帰り、エレベーターホールでI先生にお会いする。私が病室で貧血となり、若い医師に診察してもらった経緯を話す。その後、「I先生に診ていただきたかったんですって」と、ちづちゃんがI先生に伝えると、I先生は真っ赤になってしまわれた。申し訳なかったです……。

1月29日(水)

昨夜の病室での貧血で、今朝も起きた時から頭がボンヤリし、気力が湧かない。子供たちを学校へ送り出してから、再び布団に入って休んだ。今日は病院へは行きたくないと、体が泣いている。しかし、心は病院へ行かなくちゃ、と泣いている。どうしよう、どうしよう。ひとりで出かけて行って、帰ってこられる自信がない。電話でちづちゃんに相談してみると、「きょうは仕事が休みなので、私が病院に行くよ」と言ってくれ、ちづちゃんに甘え、お願いすることにした。

昨日のカオルくんの目のガーゼが気になって仕方なく……きょうは頑張って病院に行き、ガーゼをやめて、透明のパッチにしてもらおうとお願いするつもりだった。だが行けそうにないので、そのガーゼのこともちづちゃんに頼んだ。台所の流しには食器が溜まっているし、昨日の洗濯物はたたんでないし、やらなくてはいけないことがまだまだたくさんある。だが体が動かず……ぼんやり……。

14時過ぎ。ようきが元気よく帰ってきた。「ただいまーっ!!」久しぶりに息子の帰宅する姿を見た気がする。いつも病院に出かけ、帰宅姿は最近あまり見ていなかったので……。そろそろ起きなくては。さてさて体は動くか。続いてまあきが帰ってきた。「行ってらっしゃい」と見送った人を「お帰りなさい」と迎えるのはとてもいいものだなぁ。今まで当たり前だったことが、今日はひどく幸せに思えた反面、なんだかとても悲しくもあった。

病院に行ってくれたちづちゃんからのメールを待つ。きょうのカオルくんの様子は、どうだったのだろうか? ずっとずっと落ちつかない。夜9時過ぎ、ちづちゃんから待望の電話が入る。「今日も兄貴の調子は、よくなかった。手を動かさなかった。首は少し動いたけど……」と。そっかー。でも首が動いてよかった。早く明日にならないかな。早くカオルくんのそばへ行きたい! 早く話しかけないと……。

1月30日(木)

昨日一日休んだので、今朝は体が軽かった。と、いっても夜の1時過ぎに寝付き、朝5時過ぎに目覚めてしまったのだが……。4時間眠れればいいほうである。ふだんの私は、頭がこんなに軽いんだ、と自覚した。おとといと昨日は、頭がなんともぼんやりし、ひどく重苦しかった。

きょうのカオルくんは、目のガーゼが左目だけ被うくらいの大きさになっており、安心した。そうよ。左目の保護に顔半分も隠さなくてもいいよね。目のガーゼをはずして、カオルくんに声かけをする。“昨日来れなくてごめんね”から始まり、お祈りをしてくれたちづちゃんの友人の話題や、カオルくんの知人で有名俳優のAさんの話……。Aさんは、川崎の中原出身だということを知り、えー、私とほとんど同じ地元だ、といったことなどを話した。

私の話しかけに、最初は足しか動かさなかったが、やがて左手の指も動きはじめた。よかった。動いた。よかった! ここまで目覚めさせるのが大変だ。私は安心して椅子に座ってひと息つく。しかし、またカオルくんが眠ってしまわないように、時折大声を出し手をたたく。椅子に腰掛けたまま手をふると指が動いた。わかってるじゃん。きょうは久々に、帰りの足取りが軽かった。

1月31日(金)

きょうは病院でカオルくんにビデオを見せた。昨日、帰りがけこのT大病院で撮影した、天皇陛下の一時帰宅の時の録画だ。車の中から会釈をされる両陛下のお姿が、はっきり映っている。ビデオ画像に興味を持ったのか、きょうは瞳がよく動いた。その後、まあきとようきのスポーツジムでの写真も見せた。まあきは跳び箱、ようきはクロールの写真だ。こちらも瞳がよく動いた。

いろいろな声かけにカオルくんの足、手の指もわずかに動いた。その後、看護婦さんから目を塞ぐためのパッチを購入してください、と言われ1階の売店で買った。絆創膏の瞳版ってカンジだ。透明でないので、なんともさみしい。4階から7階へ移ったときにしていた、透明のパッチがあったらよかったのに……。