カオルくんの闘病記

7月2日(火)

後から本人に聞いてみると、この日あたりから頭痛が始まったという。

7月7日(日)

いつもならお昼に起きてきて、昼食後、息子たちと遊ぶのに、今日は一日眠っていた。
疲れがたまっているのだろうか、それともこのところの暑さから、バテたのだろうか……。

7月10日(水)

病院でMRI検査を受けることに決める。
カオルくんが「俺は何を言われてもびっくりしないけど……。実はずっと頭が痛いんだよ」と、真剣な顔で私に話す。まさか……。
※カオルくんは、今から10年前に悪性脳腫瘍の摘出手術を受けているので、自分自身では再発を疑っていたらしい。

7月12日(金)

MRI検査

7月14日(日)

カオルくんは、やはりきょうも丸一日眠っていた。
スタミナ不足かと思い、昼食はしょうが焼き、夕食はうな丼にする。食事は「おいしい、おいしい」と旺盛な食欲を見せた。

7月15日(月)

朝、寝床から起きることができず、会社を休む。MRI検査の結果が出るのは2週間後だという。その2週間のあいだに何かあったらどうするのかと、早めの病院行きを促すが、怒鳴られてしまう……。

しかし、やはり頭痛は続いており、本人自身も心配になったのか、明日朝10時30分に、病院行きの予約をいれる。実はこの時点で、私は「くも膜下出血」を疑っていたのだ。

7月16日(火)

昼すぎ、病院で診察を受けた後のカオルくんより電話が入る。
頭の中に腫瘍がふたつあったと、信じられない報告。ハンマーで全身を砕かれたようなショックを受ける。私は電話の後、全身がワナワナ震えて、呼吸が苦しくなり、あげく熱まで出てきてしまった。

7月17日(水)

朝、8時30分に、カオルくんと一緒に病院に行くため家を出る。
カオルくん何よ、フラフラじゃない! 歩行も困難になっていたなんて! よく昨日まで会社へ行ってたね。足下がフラついているカオルくんを見て、私はショックを受けた。「昨日のほうがまだしっかりしてた」と、本人。

何度も何度も途中で休みながら、やっと駅へ。京浜東北線の途中から座れた。立ってるのは辛いけど、座ると何でもないから会社へ行けたのだと、本人は言う。 2週間続けて日曜日に寝ていたときも、寝てると大丈夫なのだけど、起きると実は辛かったのだ、と言っていた。

通勤中に線路に落ちなくてよかったよ。バイクで事故を起こさずよかったよ!
御徒町駅に着く。ホーム、フラフラ。階段フラフラ。タクシーに乗ってT大付属病院へ。脳外科外来で待つ。11時近くに呼ばれ二人で診察室の中へ入る。主治医のM先生は「うーん、うーん」と重い口調。

「放射線科の先生から説明を受けたんですが……」と、脳の断面写真を見せられる。「7月12日のMRIでは見られなかったのですが、違った角度から再び MRIを撮ってみると、腫瘍がふたつあるんですね。小脳の近くで、一つは直径3cm大くらいの大きさ、もう一つはそれより小さい」(えっ、何? なぜ今ごろ見つかるの? それって、見落としじゃないの!?)

「去年、もう大丈夫ってお墨付きをもらったんですよ。前回の手術からもう10年経ったからって。もう、この病気にはならない、って」と、カオルくん。私も「年1回検査してたんですけど」と、医師にたずねる。医師はうなりながら「1年の短い間でも、できます」と言った。「まずは検査入院が必要です」そして、「以前放射線治療を受けているし、ガンマナイフはもうできません。腫瘍が大き過ぎるので……」と。

「いつ入院できますか?」カオルくんは「仕事があるので……」と。私は「今すぐにでも入院させたいくらいです」と言う。「そうですよねえ」と、先生がすぐに入院できるよう、手配の電話を入れてくれる。「今すぐといっても、会社にひとこと挨拶してから」とカオルくんが言うと「えっ、会社に行くんですか?」と驚かれてしまう。

午後1時。
「なるべく早く」と、急かされ、タクシーでカオルくんの会社へ行く。ここなのか……立派なビル。ここでいつも仕事をしていたのね。胸が苦しくなる。

7月18日(木)

入院の支度をして、それらをリュックに詰めて、ポシェットかけてバミューダパンツで病院へ。まるで旅行だ。病院へ着くと、K先生がカオルくんの採血をしていた。私は午前10時30分から午後1時30分までいた。帰る時は、カオルくんと握手をして「またね」と言った。

7月19日(金)

息子の終業式。仕事があれこれあったので、今日は病院行きはお休み。ごめんね、カオルくん。
午後、カオルくんの友人のKくんやSくんから電話。Sくんは「力を落とすなよ。みんなが知恵を出しあって助けるから」と。また、Mくんに電話をすると「何かあったら、夜中でもいいから電話してきなよ」と言ってくれた。みんなありがとう。カオルくん、この日は嘔吐8回。

7月20日(土)

梅雨明け。
カオルくん、昨夜より嘔吐。MRIの造影剤のせいだろうか……。夕べは8回。私たちがいる間も2回。見ていて辛かった。

7月21日(日)

昨夜の嘔吐が心配で、けさカオルくんの姿を見るまで落ち着かなかった。
10時30分、病院着。昨日より元気。よかった……。昼食。お茶をかけてゆっくりごはんを食べてみる。三口、四口ほどしか食べられない。

7月22日(月)

カオルくんの父母と病院へ。カオルくんは、昨日よりもっと元気になっていて、お茶漬け海苔喜んでくれて、昼ごはん完食。
よかった!!

7月23日(火)

お茶漬けがとてもおいしそう。点滴が効いていて、とても元気。M先生が病室にひょろりとやって来て「明日すべての検査が終了するので、明日の5時にここで、詳しいことをお話ししましょう」と言う。
ドッキリ……。

7月24日(水)

10時、核医学。2時30分MRIというので、今日は遅めで午後3時病院着。M先生との約束の5時が近づく。ドキドキドキ。Sくんが来てくれた。ドキドキドキ。若い医師を連れてやってきたM先生の口は重かった。

「小脳の近くにふたつ悪性腫瘍があります。ひとつはニワトリの卵大。もう一つはウズラの卵大です。大きいほうは神経膠腫、グリオーマと考えられます。これを手術で取りましょう。もうひとつの、小さいほうのは、残念ながら手術では取れません。体にとって大切な機能を司る、難しい場所にあるので……。取れない部分に対しては、化学療法を行ないます。とても長い闘いになります。覚悟をしてください」と、M先生。

M先生のお話では、今回の手術は治療の4分の1にしかすぎないとのこと。ショック。
「後遺症は記憶ではなく、運動神経でしょう」とM先生。カオルくんが、「スクーターに乗れますか?」と質問。M先生苦笑する。わからない、と。かなりショックな話でもあったが……。

夕食、ごはんにお茶漬け海苔をかけて食べるというので、お茶をもらいに行こうとした廊下で、私だけ改めてM先生に呼ばれてしまう。カオルくんの妹のちづちゃんを呼んで、二人で聞いた内容は、目の前真っ白。足はガクガクものだった……。Sくんにすがりついてしまった。「どうしよう……」Sくんの腕をつかんだまま、ワナワナしていた。Sくんが背中をトントンしてくれたけど、それは子供……ちょっと笑い。

辛く悲しく、せつなく、やるせない夜だった。
病室に戻ると、ショックなはずなのにカオルくんは、ニコニコ笑顔で夕食を食べていて、辛かった。辛かった……。 カオルくん……助けて!!

7月29日(月)

手術前日。超ハードスケジュール。午前、耳鼻科検査。昼食後、床屋へ。手術のために頭をきれいに丸めて、それから急かされてのシャワー。午後3時30分、私が車いすを押して再び耳鼻科へ。病室に戻って午後5時。手術前の説明をしてくれるという、M先生を病室で待つ。

たくさんの友人たちがお見舞いに来てくれた。午後6時。夕食が始まってしまい、そこにM先生が登場。私とカオルくんの妹のちづちゃん、友人の全部で7人で M先生の説明を聞く。「とにかく命を、命を助けたい」と。M先生は、とてもていねいに説明してくださった。後半はちゃんと目を見て話してくれた。
M先生、どうぞ、どうぞ夫の命を助けてください!!

7月30日(火)

カオルくんの手術は、朝二番目の手術なので、病室は午前11時出発だと聞かされていた。手術室から呼ばれるのをベッドで待つが、なんだか落ち着かず「だんだん緊張してきちゃった」とカオルくんが言う。手術室から呼ばれたのは午前11時20分ごろ。ストレッチャーに乗せられ、肩に筋肉注射を打たれる。病室を出る前、夫にkissを送る。

ストレッチャーが早い、早い! 追い付くのに必死。
手術室の前に「ここまでです」と看護婦さん。カオルくんに頬ずりをし「がんばってね」と私。「ありがとう」が返ってくる。ハァー、湯島天神のお守りを握りしめ、どうぞ無事で……と、祈る。

夜の10時を過ぎても、手術が終わったとの連絡はなし。もう10時間以上が経っている。手術中に何かあったの? いても立ってもいられない。悶える私。午後11時。K先生が出てきた。掛けていたバスタオルを握って奥へ。ドキドキドキドキ。

「M先生は脳いっ血の緊急オペが入りまして、私(I先生)が説明します」と。手術が終わったとの連絡がなく、家族控え室で長く待たされてしまったのはそのせいだった。I先生がMRI画像を見せてくれて「手術で90%が取れました。当初言っていた通り神経膠腫だと思います。残念ながらリンパ腫ではなさそうです」と言う。90%の摘出には、私はかなりの満足があった。

術後、夫はICUではなく、HCU……普通の病棟のベッドに通された。まだ麻酔から完全に醒めていない。体中管だらけ。頭の管から血。酸素マスク……。でも顔は元どおり。へちゃむくれではなかった。肩をたたいて「カオルくん、よくがんばったネ。お医者さん、いっぱい取ってくれたよ」返事はなかったけれど、足が動いていて、ホッとした。家に帰れなくなり、枕とタオルケットを借りて畳で眠った。眠れなかったけど、横になった。妹のちづちゃんと握手をした。

7月31日(水)

ウトウトウトウト。眠ったような……。手術を終えた翌朝。太陽がギラリ。昼12時の面会が待ち遠しい。12時。起きてるー。「よくがんばったネ。90%取れたって……」「先生と話したの?」「みんなに報告したからね」と私。「ビールが飲みてえ」「天ぷらが食べたい」とカオルくん。

そっか!! 「いっしょに乾杯できるまで、私もビール我慢するよ」「ありがとう」酸素マスクの奥から聞こえた……。