2005年9月7日、宮城でのホンジュラス戦。

J SPORTS で放送されていた2005年9月7日の宮城スタジアムでのホンジュラス戦。
この時期の日本代表は、6月に翌年のワールドカップ出場を(世界最速で…)決め、ドイツで行われたコンフェデレーションズカップに参加し、初戦のメキシコに敗戦、次のギリシャに勝ち、最終戦のブラジル戦で興奮の2-2のドローに持ち込み、グループリーグで敗退したもののベッケンバウアーから健闘を称える書簡がJFAに届いたとか、そういうこともありましたね。続いて7月下旬から8月上旬に東アジア選手権に出場、8月は続いてイランとのワールドカップ予選最終戦(ま、消化試合ですが)をこなし、9月はこのホンジュラス戦が唯一のテストマッチ。
翌10月のインターナショナルマッチ・ウイークにはヨーロッパ遠征で2戦、11月にはアンゴラとのテストマッチ1戦、、、という流れ。

このホンジュラス戦では海外クラブでプレーする選手も呼び、この頃は3バックのフォーメーションが多かったんだが4バック(4-4-2)のフォーメーションに戻してのスタート。
ゴールキーパーは楢崎、センターバックは中澤と宮本、右サイドバックが加地、左サイドバックはアレックス(三都主)、中盤センターが稲本と中田浩二、中盤前目が中田英寿と中村俊輔、2トップが高原と柳沢というスターティングメンバー。
ゴーカな顔ぶれ、タレント揃いのメンバーだが、バラバラっちゅうか、特に中盤のバランス、ゾーン管理がほとんどできておらず、キックオフから10分も経たないところで、なんでそこにパスコースがあるんっすか、、、的なパスを通され、アッサリ失点。
さらに同じような感じで追加失点。
日本チームを1ゴール返すが、前半終了間際にビルドアップでロストしてしまって3失点め。
…という、どっちがホームなのかわからん展開。
後半に入って早々に1ゴール返すが、すぐに追加失点(これで4失点)して再び2点差に。
その後、PKで1点差に、続いてもう1ゴール決めて同点に、さらにもう1ゴール奪い、5-4と逆転。
終了間際には守備固めを投入して3バックにして逃げ切り…と、まぁ観てる方は面白かっただろうが、ホームでのテストマッチでこれってどうよ、、、っていう試合っすなぁ。
3バックとか4バックとかの問題ではなく、いくらパッと集まってパッと試合に臨むということであっても、3年もチームづくりしててこれじゃあなぁ…と言わざるをえないパフォーマンスですよね。
ホンジュラスごときにこれだけ突破されてちゃ、そりゃ世界の戦いで勝てませんがな。
あと、センターバック2枚のうち1枚が宮本っていうのは苦しいだろう。3バックのセンターで、ひとり余る形でカバーリング系のタスクを担うのならいざ知らず。
…と、まぁツッコミ所満載の「ジーコジャパン」ではありました。

前述のとおり選手のタレント性は素晴らしく、(前年にアジアカップで劇的な試合の連続で優勝したとはいえ)もっとマトモなチームづくりをやっていればな…という感は、この時期の試合を何度見ても拭えないところっす。

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