
Kimono Master 山龍
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着物の着付けに必要な、腰ベルト、コーリンベルト、仮紐、伊達締め、帯板、帯枕、帯揚げ、帯締め。クリップなどなどの小物の意味も、着付けを覚えるとよ〜く理解できる。
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といっても、まったく何もわからずに行くのでは、いくらなんでも失礼である。何事も予習が大事。まずは着付けの本を手に入れようと書店に行ってみると、驚いたことに、着付け本は意外にたくさん出ていた。しかも、どれもDVD付き! 完璧である。いちばんシンプルなものを選んで買い、さっそく家でDVDを見てみた。後から思えば、手慣れた人がやればそう見えるに決まってるのだが、DVDを見たとたんに、「こんなの楽勝じゃん!」と思えた。(教訓:DVDのモデルは自分ではない)これなら、山龍のいうとおり、1回流れを教わり、2回めで復習すれば、なんとかなるわい。みなぎる自信、溢れる期待に胸躍り、1月中旬のある土曜日、西麻布のサロンに向かった。
しかし、私の自信は、レッスンを始めてほんの30分ほどで粉々に砕け散った。
足袋、肌襦袢あたりはまだよかった(当たり前か!)。襦袢の衿合わせ、伊達締めあたりで既に嫌な予感。なぜなら、紐で結ぶときに、すぐに合わせがぐずぐずと緩んでしまうのだ。そして、着物を着る段になると、それがもっと激しくなる。紐を結ぶとき、ここを押さえておく手がもう1つないとできませ〜ん!
「そこは、肘でしっかり押さえてね」「ほら、紐はぎゅっと結ばないと」
佐藤さんのチェックが要所要所に入り、私の眉間にはシワが入る。裾線(すそせん)を決め、上前と下前を合わせ、腰ベルトで止めると、ウエストあたりに、ごちゃごちゃと着物の余り(?)がたまる。どうすんの、これ。うわ〜〜!
「身八つ口(みやつぐち)から手を入れて整えてね」……って、身八つ口ってどこですか? ああ、この脇の穴ね。(教訓:着物の各部分の名称ぐらいちゃんと覚えておこう)何とか着物が着られたときは、全身汗だくであった(教訓:着付けは涼しい場所で)。
立ちはだかる帯結びの壁
問題は帯である。私の帯は長さの長い袋帯なので、二重太鼓という手間のかかる結び方をしなければならず、おまけに、お太鼓の部分にきちんと柄を出さなければならない。適当なところで折り込んで……などというごまかしが利かないのだ。後ろ手でこんなことするなんて、正に至難の技。難しい帯で覚えておけば、後が簡単だし……と軽く考えていたのだが、それがこんなプレッシャーでのしかかってくるとは!手を後ろに回せば、袂(たもと)が邪魔して鏡が見えず、鏡を必死に見れば、左右が逆なので、頭の中がこんがらかる。佐藤さんにあちこち手伝ってもらって、やっと出来上がっても、「?」の部分が10個ぐらい残って、達成感はゼロ。しかも、着物を着るときのチェックポイントは、遠い昔のことのように、頭から消えている。これはかなりヤバイぞ!
「家に帰って復習して、次回は家から着て来なアカンで!」
という山龍の言葉に、半ベゾで即答した。
「すみません! 絶対にまだ無理です!」
家に帰ってからが、また大変だった。ここ十数年味わったことのない挫折感と闘いながら、とにかく忘れない内にと、着付け本とDVDを見ながらトライする。DVDのおかげで、着物の方はなんとか形になった。しかし、帯がどうしてもうまくいかない。全身が映る大きな鏡のあるベッドルームと、DVDの見られるリビングを、帯を両手で抱えながら、何度も小走りで行ったり来たり。深夜に女が一人で大騒ぎである。
手先(てさき)という帯の片端を肩に掛けて、帯を腰に巻くまではいいのだが、その後背中にすくい上げるところが、もう既にわからない。一晩寝て、翌日またしっかりDVDを検証してトライするが、どうしても帯がグシャグシャになってしまう。そんなことを繰り返している内に、着物もいつの間にかグシャグシャになっている。
1週間後、私は失意にうちひしがれて、2回目のレッスンに、帯だけ持って出かけた。ニットのワンピースの上から、いきなり帯結びの復習という、着付けスクールではあり得ない講習。問題点がわかっている分、前回とは格段の理解度に、少し明るい兆しが見え始める。(教訓:ポイントには個人差がある)そうか、な〜るほどね! しかし、このな〜るほどね! が、家に戻って一人でやると、また「何で?!」に変わる。結局私は、2回のレッスンでも、帯結びの1か所がどうしてもうまくいかず、3回目でやっとクリアしたのだった。
3回目のレッスンから帰り、家で恐る恐る復習するときはドキドキものだった。「2回で着れへんやつは、どこかおかしいで!」という山龍の声が脳裏にこだまする。何度も帯結びにトライした分、その度に着物を着ているので、さすがに着物を着付けるのは完璧になった。(教訓:習うより慣れろ)そして帯の方も、佐藤さんにチェックされた、仮紐を締める位置と、手で押さえるポイントに気を付けて(教訓:自分の弱点を知るべし)、何度か柄出しのやり直しはしたものの、ちゃんと結ぶことができた。やった! やった!
着付け完了! 帯結びも完璧! この柄がちゃんと出るのまでに、どれだけ自信を喪失したことか……。今では、天才かと思うような腕前です(自画自賛)。
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初めて一人で全部着付けて出かけた私の着物姿を見て、佐藤さんは、
「とっても上手よ。覚えるのも早いわよ」
と、ニコニコ微笑みながら褒めてくれた。私の講習の一部始終を傍観していた山龍師匠はひと言、
「ほう! ちゃんと着れてるやん」
人をけなす言葉は広辞苑並みのボキャブラリー量なのに、褒め言葉は「ええやん」と、その活用形の「ええんちゃう?」ぐらいしか知らない山龍なので、これはそうとうな褒め言葉と受け取っていいだろう。
ゼロからスタートして講習3回、トータル12日間で、着付け完璧マスター! 皆さん、着付けは執念です。絶対に着るぞ! という気合いです!
(2007.3.4)