
Kimono Master 山龍
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奇跡の値段¥128,000の唐織り小紋(からおりこもん)『雪月花』 |
「これ、¥128,000やで。仕立てても¥15万以下! ハハハハ!」
うそ〜! 難もの? あっ、ポリエステルでしょ? それとも古着? まさか盗品?……混乱する私に、ますますしてやったりという表情の山龍。
「糸の質も生地もまったく変わらへんで。初心者だけでなく、着物のヘビーユーザーかて欲しくなる思うよ」
確かに、どこから見ても上質の唐織り(からおり)の小紋だ。そ、そんな馬鹿な!
「これな、福井県の絨毯用の織機で織ってんのよ」
いよいよ山龍の種明かしが始まった。手にしているのは、丸巻きの反物である。
「まず、着物着たことない人は、この小幅(こはば)で織らんならん意味がわからへんやろ。何で洋服みたいにもっと広い幅で織らんの? って」
確かにそういわれてみればそう思う。何でだろう?
「着物いうのは、丸巻きの反物で納めるいう古い習慣があるからなんよ。昔の人は、自分で仕立てたり、専属の仕立て屋がいたから、反物で持って帰らはったの」
つまり、昔は1尺幅(約40cm)の反物自体が商品だったということだ。しかし、今は反物で買う人はまずいない。それなのに、反物で納品する習慣だけ残っているので、反物の状態でどこかにちょっと織りキズでもあれば、キズもの扱いになってしまう。実際に仕立てたとき、裏地に隠れて見えなくなる部分のキズでさえも認められない。そのロスを見込んでいる分、値段は高くなる。これぞ価格設定の裏事情。その、時代遅れの丸巻き規格の考え方を、まずやめにした。
色のバリエーションは、黒、茶などの濃い色から、ピンク、黄色、水色などの淡い色まで全20色。“露縞”(つゆしま)という、きれいなストライプ状の織り地に、『雪月花』『貝あわせ』『しだれ藤』『桜』『源氏香』などの柄が織り込まれている。柄なしだと¥98,000。なんと¥10万を切ります!
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「こういう、安くていいものが入門用にあれば、という気持ちで僕は作ったんやけどね。初心者にまず知って欲しいのは、いい絹の感触、ホンモノの着心地なんよ」
ホンモノで入門すれば、粗悪品を見分ける目も育つという。そして、次に少しいい帯を買い足そう……というように、単品で買い足していく内に、コーディネイトの感覚も身に付く。例えば、ポリエステル製人工シルクの低価格の着物があるが、重さが1.2kg、こちらは680g。着心地がまったく違うのだという。正に、オールハンドメイドのクチュールの良さを知り尽くした上での¥128,000ということ。もちろん、小ロット生産の利く工場の開拓、退色しない染料の工夫などの苦労もあり、実現まで数年かかってはいるが……。
それにしても、今までどうしてこういう価格帯を作る努力がなかったのだろうか?
「呉服屋の平均客単価はだいたい35万円やねん。そやからこんなエエもんがこの値段でどんどん売れたら、えらいことになってしまう。でも僕は、着物を着る若い人が増えていかん限り、この業界ダメになると思うから、どうしても入り口を作りたかった」
フルハンドメイドの高い着物をいかに売るかでなく、その値段の意味と価値が本当にわかる人がもっと増えたら、着物の認識も変わる。着る人ももっと増える。
そう! 理想と現実のギャップを打破したは、奇跡なんかじゃない。自信とプライドに裏付けされた確信のなせる技だったのである。
(2007.2.4)