第30回
いよいよ審問の日がやってきた。
その日は朝からずっと緊張していた。いや、前の晩から、「一体どんなことを聞かれるのだろう」と、面接のシミュレーションをしては今までのことを思い返していた。

本によれば「審問」とは、「申立人(私)が担当裁判官により、自己破産申立について質問されること」とあり、既に提出している書類と、各債権者から回答された「意見陳述書」を元に、行われる。審問のポイントは「申立人が支払い不能の状態」であるかどうかにあると、本には書いてあり、申立に問題がなければこの日から通常、1〜2か月で破産宣告と同時廃止決定がなされる。これには絶対に出席しなければならず、急病などで出られない場合は診断書を添付した「連絡期日を変更して欲しい」という旨の申請書まで出さなくてはならない。

本には具体的な質問される内容などは書いていなかったので、私は先生が作成してくれた「陳述書」と矛盾したことを言ってしまったらどうしよう、何故、お勤めをしなかったのかなど、答えにくいことを聞かれたらどうしようなどと、埒もないことばかり考えていた。

それに、こういう場合、どのような服装をしていけばいいのか、私には皆目見当がつかなかった。
あまり派手な格好をしていけば、心証を悪くしてしまいそうだし、かといって、まさか裁判官との面接にGパンを履いていくわけにも行かないだろう。私のイメージでは、裁判官との面接は、文字通り「面接」なのだろうと思っていた。きっと裁判所の一室で、間に机を挟んで向かい合い、裁判官は書類を見ながら私に質問する。就職などの面接というより、学生時代の「進路相談」のようなイメージが私にはあった。

であれば、服装も当然、私の心証を大きく左右する要素になると思ったのだ。「贅沢な洋服を買って、カード破産をした」などと思われても困る。男性ならスーツでよいのだろうが、OLをやったことのない私は、あいにく派手なスーツしか持っていなかった。散々悩んだ挙句、あまり派手ではない、清潔感のあるワンピースで出かけることにした。

しかしそれらのことは、全く見当はずれな心配だったのだと、私はすぐに実感した。

赤坂の堀田先生の事務所で待ち合わせをして、すぐに東京地方裁判所に向かい、エレベーターに乗ると、先生は「第○○〜第○○法廷」と書かれた階を押した。
「法廷?」
会議室のような場所を想像していた私は、「法廷」という場所で審問をするということに、まず驚いた。

私は子供の頃、両親の離婚調停が長引いて、兄弟姉妹揃って家庭裁判所へ出頭したことがある。その時の部屋は応接室のような場所で、決してよくテレビで見るような「法廷」や「裁判所」というイメージのところではなかった。そのせいか自己破産するための裁判官との面接が、まさか「法廷」と呼ばれる場所で行われるとは露とも思わなかったのだ。

どうしようもなく緊張は高まっていくが、それでも私は、何も言わずに先生の後を付いていった。「法廷」の前には受付の机があり、その前には廊下一杯に人が溢れていた。予約した時間より少し早めに着いたのは確かだが、それにしてもこの人の多さはなんだろう。堀田先生も少し驚いたようで、壁に貼られている紙を見に行った。そこにはA3の紙にびっしりと人の名前と時間が書かれていた。

私の名前と予約の時間を確認すると、先生は受付に行き、書類を提出して受け付けを済ませた。
「ここで間違いありませんから、入りましょう」
そう言うと私を促し、受付の奥にあった扉から、「法廷」へと入っていった。私は中を覗いて、再びあまりの意外さに衝撃を受けた。

「法廷」は、テレビなどで見るよりかなり小さかったが、正面に裁判官が座る席があり、その手前の左右には、ドラマなら「弁護士」「検事」が座るような机と椅子が置いてあった。それらと仕切られた場所、扉から入ってすぐのところはいわゆる「傍聴席」のようで、そこにはこれまたたくさんの人が、びっしりと座っており、その周りにもたくさんの人が立っていた。

まさか、「審問」はここで行われるのだろうか。全員が「弁護士」と、あとは私と同じように「自己破産申告」をした人だということは分かっていたが、それでもこんなたくさんの人の前で、質問を受け、それに答えなくてはならないのかと思うと心臓が凍りついたように手先がサッと冷えた。

審問は10〜15分くらいだろうと、堀田先生からは聞かされていた。昔はもっと長かったのだが、近頃「自己破産」する人が増えたために、かなり簡略化されたという。けれどいくら10分という短い時間でも、この場所でやるのは想像するだけで恐ろしい。まさかと思うが、テレビの裁判にあるような、「証人」や「犯人」が立つような場所に立たされるのだろうか。

あまりに人が多くて、後ろのほうにいる私には、しばらく様子が分からなかった。けれど数分も経たないうちに、前にいた人がどんどんいなくなっていく。後ろからは次々に人が入ってくるので、自然と私たちは前のほうの椅子に座ることになった。そこまで来て、やっと私にも様子が伺えるようになった。それを見て、今度は違う種類の驚きに、言葉が出なかった。

裁判官が「○○先生、○○さん」と名前を呼ぶと、呼ばれた人は「弁護人席」のようなところへ行く。その人たちが傍聴席から移動している間に、今度は別の先生と申立人を呼ぶ。その人たちが「検事席」のようなところへ移動している間に、「弁護人席」に座っている人に、「あなたは○○さんですか?○○先生、申立書に何か変更はありますか」と聞く。弁護士が「ありません」と答えると、そこにいた二人は立ち上がり、「法廷」を出て行く。するとまた、「○○先生、 ○○さん」と裁判官が次の人の名前を呼ぶ。

その人たちが移動する間に、今度は「検事席」に座っている人に同じ質問をする。そして10回に1回くらいの割合で、裁判官は手元の書類を読み上げていた。それは個人の情報に関わることではなく、「何も問題がなければ、この審問以降、1か月から2か月くらいで、破産宣告が下ります」というような内容だ。これが「審問」だった。

中には、二人の依頼人を抱えている弁護士もいて、弁護士と二人の名前が呼ばれることもあった。席はふたつしかないので、3人は座れない。3人が譲り合って座りもしないうちに「審問」自体が終わってしまったケースもあった。ある年配の弁護士など、歩くのが遅いせいで、その席に辿り着いてもいないのに、裁判官から質問を受け、立ったまま答えて終わってしまい、机を素通りして行ってしまった。

また、弁護士だけが席に着き、「申立したときには無職だった○○さんは、本日就職の面接が入ったので来ません」と答えている先生もいた。どんなことがあっても絶対に本人が出席しなければいけないというのは、なんだったんだろうか。これでどうやって「支払い不能かどうか」を見極めるというのだろうか。あまりに機械的に、流れ作業のように進む「審問」に、私は正直呆れるような思いがした。

それともこれが、今の日本経済の状況を表しているのだろうか。
流れ作業で行わなければならないくらいに、失業して借金を抱え、自己破産に追い込まれた人がいるということなのか。

こんなところで10分間、人の目に晒されて「審問」をされるのもイヤだったが、何の感情もなく淡々と行われていく「流れ作業」が、自己破産をするための最後の関門だったのかと思うと、なんとも言えない悲しい気持ちになった。