第13回
高校を卒業して、雑誌や単行本を作っている編集プロダクション・谷井企画に勤めたものの、10か月後に恋人の達彦が亡くなり、そのまま退職をした私は、それからさまざまなアルバイトをした。

自己破産をするための書類の中にある「陳述書」には「第1 経歴等」という項目があり、過去10年間の職歴についてアルバイトを含めてすべて書かなければならない。10年前といえばちょうど谷井企画を辞めてしばらく経った頃で、その時期は数か月単位でバイトを転々としていた。OLやエステサロンの受付、電話番など、ライターとはまったく関係ない仕事をし、しばらく勤めては辞めてプータロー生活をする。その頃に、澤井さんと出会ったスナックでもバイトをするようになり、昼間の仕事を始めるとスナックに行かなくなり、プータローになるとスナック勤めを再開した。また同時期に谷井企画の谷井社長が、フリーライターとしての仕事をくれることもあり、すべてを書こうと思っても、時期も順番もあまり定かではない。

そんな生活を続けてはいたが、やはり自分は本当に「物書きになりたいのだ」と思い至り、そのためにライターとして仕事をしようと、他の編集プロダクションに勤めるようになったのは、谷井企画を辞めて2年近く経った頃だった。けれどその会社もバイト扱いだったため、スナックのバイトも続けており、時々谷井企画や他社の仕事も受けて、職歴を時系列で並べようと思っても単純には並べられない。その編集プロダクションには2年勤めた。そこを辞めて完全にフリーになったのだが、やはりスナックのバイトは続けており、現在もまた、パートではあるが勤めを再開している。

私は記憶にある限り、努めて正直に職歴を記入しようと思ったのだが、時期が重なったり、現在も続けているもの(スナック)と、昼間のパートをどう書いたらいいのか、またフリーの仕事についてはどのような記入がよいのか、散々迷い続けた。そんなに複雑な職歴の例は本には載っていないし、フリーの仕事の書き方もない。多分、フリーライターは「自営」ということになるのだろうが、現在「自営」もしつつ、「パート」もしている…という状況を分かりやすく書く方法が分からなかった。

結局私は、「過去10年前から現在に至る経歴を古い順に書いてください」という項に、スナックのバイトを最初に書き、その下に他のバイトを時系列で列記した。そして最後に、現在もやっていることが分かるように辞めた時期を書かず、「ライター」という項目を付け足した。その上で「現在の仕事は何ですか」という項に、パートで行っている会社の名前を記入した。これでよいという自信はなかったが、そんなところで立ち止まっていてはまったく先に進めない。間違っているかもしれない…という不安を抱えつつ、私は次に進むことにした。

経歴の3つめの項は「離婚」についての質問だったので、「ない」に丸をつけるだけでよかったが、その次の「第2 生活状況等」の1項目目「家族や同居人を書いてください」というところで、私は慌てて買ってあった本を取り出した。私は4人兄弟で、姉と兄、弟がいる。両親は離婚しているので母だけだが、母も他の兄弟たちも皆仕事を持っており、私以外はもちろんまともに稼いでいる。しかも全員、フリーの仕事をしており、収入はよく分からないが、同じ年齢の人と比べれば、多いほうだと思う。

本来、連帯保証人になっていなければ、例え家族であっても借金を肩代わりして払う必要はない。けれど債権者は「道義上の理由」を持ち出して、支払いを求める場合もある。つまり「ご家族が借りたものは、親や兄弟が払うべきじゃないですか?」と、支払い義務があるかのように催促する金融会社などもあるというのだ。それを思うと、家族が一般の人よりも多く稼いでいることを書いたら、「家族に払ってもらうことはできないのか」と、思われることはないのだろうか。

私が自己破産を考えていることは、母親以外、誰にも言っていないし、すでに結婚して子供もいる兄や姉に、自分の不甲斐なさで作った借金を肩代わりしてもらうことなど、私には考えられない。余計な心配や迷惑をかけたくないという思いもある。書類には、家族の「名前」「生年月日」「年収」を書く欄が設けられており、万が一にも家族に迷惑をかけたくないと思っていた私は、「年収」について書くことに、どういう意味があるのか知りたいと思った。

支払う義務がないはずの家族の年収を、何故書かなくてはならないのだろうか。

本には「家族に支払い義務はない」とは書いてあるものの、書類の書き方の部分には、その項の説明がなかった。確かに、「書き方」を説明されなければならないほど難しい設問ではないが、家族の中に「借金を肩代わりできるぐらいの年収」を稼いでいる人がいる場合は、その人に支払ってもらえるか検討されてしまう、ということがあるのかどうかなどの疑問を持つ人はいないのか。また、書類に記載したものを参考に、それぞれの収入について正直に書いているかどうかを調べられる可能性はないのか。

いくら正直に書こうと思っても、私は母親や兄弟の正確な収入を知らない。この書類を書くために、わざわざ連絡して、年収を聞くのも憚れる。何故、30才にもなって、自己破産するために家族の状況まで書かなくてはいけないのだ。私は情けない気持ちを改めて胸に抱きながら、家族に確認せず、年相応と思われる収入を記載した。

次の日、陳述書に必要な「賃貸契約書」やパートの「給与明細」などをコピーしながら、自己破産をするということは、自分のすべて、過去、現在、家族関係、生活状況など、生きてきた道程すべてを白日のもとに晒すということなのだと、私は改めて感じていた。18ページある書類の半分を書き上げるだけで、繰り返し過去を振り返らされ、現在の状況を思い知らされる。自分の愚かさを正面から見つめる勇気がなければ、とても自己破産などできない。

私はこの作業こそが、借金を踏み倒す者に与えられる「罰」なのだと、心底感じていた。