第12回
破産申立に必要な書類は多い。裁判所からもらってきた「破産申立書」、住民票、戸籍謄本などの他に「家計全体の状況の付属書類」(預金通帳のコピーなど)、「給料明細書または源泉徴収票」、「生命保険証書と解約返戻金の証明書」、「家屋賃貸借契約書のコピー」などなど。東京地方裁判所(地裁)の場合「債権者一覧表」「資産目録」「陳述書」など必要な書類一式をもらえるが、裁判所によってはそれらの書類についても一から作成しなければならず、自己破産申立の準備は、とても一日や二日でできるものではない。

地裁に行き、書類をもらってきたその日に、早速必要事項を書き始めた私だったが、最初の「財産等の目録」を書き上げる手前で挫折し、次の日は必要書類の準備を先にすることにした。区役所に行き、戸籍謄本と住民票をもらい、税務署で源泉徴収票の写しをもらう。これにも1通350〜400円ほどかかり、コピーにかかった代金を含めるとすでに1000円を越えていた。

自己破産にかかるお金はこれだけではない。まず提出書類に貼る収入印紙が600円(東京地裁は、同時に免責申立が出来るので900円)。裁判所から各債権者に各種書類を送るための切手を予め納める予納郵券(切手)が4000円分。更に自己破産申立の費用として20000円を、書類提出と同時に支払わなければならない。例えば生活保護などを受けていて、自己破産をする弁護費用も用意できない人の場合「財団法人法律扶助協会」が、弁護費用を立て替えてくれる場合もあるが、その場合でも自己破産にかかる費用は自分で用意しなくてはいけないことになっている。

つまり、自己破産しようと思ったら、最低でも2万5千円は必要になるのだ。

そのくらいのお金は友人や身内に借りられるという人なら、まだいいが、誰も頼る人がいない人は、自己破産すら出来ないことになる。自己破産に関する本を買ったときにも、「お金がない人を対象にした商売」が成り立つことに驚いたが、自己破産をするには「お金がなくてはならない」という事実には、改めて驚かされた。金融会社に返済する1万円のお金も用意できず、光熱費も払えない状態まで追い詰められて自己破産を考えるに至ったというのに、その準備だけでこれほどにお金がかかることが、徐々に重くのしかかってくる。

世の中のどんなことにもお金がかかる。
「地獄の沙汰も金次第」
祖母がよく言っていた言葉が、初めて身に染みた。

通帳や保険に関する書類などのコピーをし、家に戻った私は、前日やっていた書類作成の続きをやることにした。『資産等目録』の中で、私が困ってしまったのは『購入価格が20万円以上の物』という項目だった。「貴金属、美術品、パソコン、その他のもの」と書いてあるが、この中で私が持っているのはパソコンだけである。仕事柄私は、ウィンドウズとマッキントッシュをそれぞれ1台づつ持っており、さらにノートパソコンも所持している。

パソコンを買う時、同時にプリンターなどの周辺機器も購入しているため、確かな記憶はないのだが、3台のうちマックとノートは20万円以上だったような気がするのだ。しかも「2年以内」に買ったことは間違いがない。こういう場合、やはり正直に記載した方が良いのだろうか。別に今更、嘘の申告をするつもりはサラサラないのだが、2年前といえば、すでに借金を持っていた時期である。借金を抱えていたにも関わらず、そうやって高価な買い物をしたと分かると、「免責事由」にならないのではないか。私はそう思ったのだ。

「免責事由」とは、借金返済を「免責」するための理由で、例えば借金を作った理由がギャンブルだった場合など、「免責事由」がないと見なされ、免責されないことがあるという。返せないと分かっていながら、更に借金を重ねたり、買い物を続けたりした場合も同じように判断されることもあると本には書いてあるのだ。実際には判決は裁判官の裁量で決まるため、ギャンブルで作った借金であったにも関わらず、免責されたという判例もあるらしいのだが、担当する裁判官がどういう考え方の人になるかは、そのときにならなければ分からない。そのため、正直に書いて、パソコンが財産だとみなされ、破産管財人が入る理由になってしまったら困ると私は考えた。

しかし逆に、隠して申告しても、万が一破産管財人が入った場合には、後からパソコンの存在がバレてしまうことになり、かえって悪い印象を与えてしまうかもしれない。そんなことをいろいろと考えた私は、結局20万円以上したと思われるパソコンについて、正直に申告することにした。破産管財人が入るのは「不動産や証券」などの財産を持っている人。しかもその財産が、破産管財人に払う50万円に満たなければ、破産管財人は入らない。そう思っていたときならば、私は最初から迷わず正直に申告するつもりになっていただろう。だが裁判所で「特に財産がなくても破産管財人が入ることもある」と聞かされたことが、必要以上に私を悩ましていた。

仮に持っているパソコンを全部売り払ったところで、絶対に50万円以上になどなりはしないのだが、破産管財人が入った後で、「やはりこの人は、申告通り財産を持っていない」と判断されても、一度管財人が入ってしまったら、絶対に50万円支払わなければならないのだ。そんなことにならないようにするには、書類を見ただけで「破産管財人が入る必要はなし」と分かるものを作成しなければならない。裁判所にそう思ってもらうための目安は、本にもネットにも、どこにも書いていなかったし、もちろん裁判所でも教えてはくれなかった。

「資産等目録」の次に書かなければならない「陳述書」でも、私は同様の不安を感じた。「資産等目録」が、「同時廃止(破産宣告と同時に破産手続きをとる場合)」になるか「管財事件(財産があるとみなされ、破産管財人が介入する場合)」になるかの目安になるものならば、この「陳述書」は、借主本人が借金の支払いが不能であるということを証明するための書類といえる。陳述書は大きく分けて経歴(職歴など)、家族関係、破産申立に至った事情、生活状況、債権者との状況の5つについて書かなければならない。私は最初の「経歴」(過去10年現在にいたる経歴を古い順に書く)というところで、再びどう書いていいのか全く見当がつかなくなった。

書き込む欄は履歴書の「学歴・職歴」を書く欄と同じような書式になっており、「自営、勤め、アルバイト、その他」というチェックボックスが付いている(図参照)。この10年間、たくさんのアルバイトをしてきたが、基本はフリーライターである。フリーの仕事をしつつアルバイトをやってきたのだが、その場合、どのように書いたらよいのだろうか。またその下には「現在の仕事は何ですか」という項目もある。書類を作成している現在、私は編集プロダクションにパートとして勤めており、他にフリーライターの仕事もしている。それらの状況を分かりやすく説明するには、どうやって書けばよいのか。早く書き上げて、月末の支払いが始まる前には提出してしまいたい。

そう思う気持ちとは裏腹に、私はその日も、書類を書き上げることが出来なかった。