第14回
一項目ごとに散々悩み、試行錯誤しながら書き進めてきたが、まだ自己破産の書類の半分しか書き上げていなかった。

ここまで、生活状況や経歴などを書いてきたが、そのひとつひとつにどう書くべきか戸惑ったものの、基本的には正直に書けばそれでよかった。しかし次の「第3 借金を支払うことができなくなった状況」からは、いよいよ本題ともいうべき「何故借金をつくり、何故支払い不能になったか」についての設問が並んでいる。一通り最後まで目を通しただけで、正直に書けばよいというレベルではなく、「どう記入することが正直ということになるのか」ということからして分からないような設問ばかりだと、書類を前に呆然としてしまった。

例えば最初の設問「1.初めて借金をしたり、クレジットカードで買い物をしたのはいつですか」というものだが、私の場合のそれは、10代の頃、恋人へのプレゼントを買ったことである。今抱えている借金と、そのときの買い物はまったく関係がないことは明らかだが、「初めて」ということに対して正直になるのなら、やはりそのプレゼントのことを書くべきなのか。

また「2.多額の借金をした理由は何ですか」という項目には(1)から(7)まで理由が羅列してあり、当てはまるものにチェックしていくことになっている。私の場合は「(1)生活費が足りなかったためです」にチェックをしたのだが、その下に「当時の職業・収入及び生活費が足りなくなった具体的な理由を (3)に書いてください」とある「当時」とは、一体いつのことを言えばいいのか。

例えば、「1.初めて借金した時期」について10年以上前のことを書いたとすると、「当時」というのはやはり10年前を指すことになるだろう。しかしその頃は決して「生活費」に困っていたわけではない。ならば1の質問に対して、初めての借金ではなく、自転車操業が始まった頃のことを書けばいいのだろうか。

(2)の「飲食、飲酒、旅行、趣味としての商品購入(絵画、パソコン、服、健康器具など)、ギャンブル、風俗、エステなどにお金を使いすぎたためです」ということろでも、パソコン購入を書くべきなのかどうか、再び悩む。また、姉と兄が海外に暮らしているため、借金を作ってからも海外へ行っているのだが、それもここに入れるべきなのか。

これらの(1)から(7)については、(8)「具体的な事情は、次の通りです」というところに文章で書くことになっている。渡された書類でスペースが足りない場合は、A4の紙を用意してしっかり説明しなければならず、本には「ここがもっとも重要」と書かれていた。

自己破産は裁判所で行うため、裁判官と本人が面接し、書類に書くようなことは、本来、口頭で説明しなくてはならないことである。しかし自己破産をする人が増えた現在、ひとりひとりにそれほどの時間をかけることができず、前もって「陳述書」を提出することで時間を短縮しているのだ。つまり従来の裁判ならば、この「陳述書」に書かれる部分こそが「裁判官が破産宣告をさせてもよいか」という判断をするために口頭陳述させる部分なのである。

本には例文として、「私は平成○○年△月、仕事に使うパソコンを購入するため、金融機関A社から15万円を借り入れしました。その後何回かA社に対し返済していましたが、平成○○年□月にA社に返済するお金を用意できずに金融会社B社に20万円を借りました」というような文章が2〜3パターン載っていた。

文章を書くのは本職でもある。決められた質問に対して答えていくよりも、自分の言葉で時系列に説明するほうがまだ簡単だ。しかし、そこに書いてあることと、他のところで書いていることが矛盾してはいけないし、設問にはない部分での「借金をした事情」をどのように書いたらよいかということに関しては、本に書いてある例文だけではやはり分からなかった。

先にこの部分を書いてしまって、あとから矛盾があると困るので、とりあえず(3)を飛ばし、次に進むことにした。しかし「3.(1)借金を全額は返済できないと思い始めた時期は」という設問に、再び頭を抱える。これは何とも難しく、微妙な質問である。何故なら「自己破産をしよう」と決心するまで、私は「借りたものは返そう」と本当に思っていた。しかし、「もしかしたら無理かもしれない」という気持ちはあったし、借金をしなくては生活が成り立たなかったため、自己破産を決めた数日前にもクレジットカードを使っている。

3の(2)は「その理由」、3の(3)は「その後、借金をしたり、クレジットカードを使ったりしたことがある・ない」となっており、もしも「借金を返せないと思った時期」を2001年7月現在ということにしたとすると、「そう思ってからもクレジットカードを使った」ということになる。また(4)の「借金の返済ができないと思い始めてから、返済したことがある」という項目も、もちろん「ある」のほうに○印である。

「いつそう思ったか」については私の気持ちの問題でしかないので、3年前と書いても3日前と書いても自由だが、(3)や(4)に関しては、債権者から提出される書類で事実が判明するので、嘘は書けない。自分の気持ちの部分についても嘘は書きたくないが、例えば正直に2001年7月と書いた場合、「思ってからすぐ、自己破産をするとは、努力が足りない」と思われないか。かといって数か月前に決心したとすれば、何故その後、「返せないと分かっていて借金を重ねたのだ」と受け止められるのではないか。

そんな不安が何度も頭をよぎり、私は再び「誰かに相談したい」という思いに襲われる。弁護士ではなくても、こういったことに詳しい人はいないだろうか。本でもインターネットでもいいから、私と同じことを疑問に思い、「私はこう書いたけど、それでも自己破産できた」という記録はないだろうか。

もしも私が抱える借金が、誰かの保証人になったことによって作ったものなら、あるいは事業に失敗し、一度借りたものがどんどん利子で膨れ上がったというのなら、こういう書類を書くのも分かりやすいのかもしれない。けれど10年近く定職を持たず、借金が増えたり減ったりということを繰り返し、気が付いたらクレジットカードなしでは生活が成り立たないという状況に追い込まれた私にとって、自己破産の書類を書き上げるのは難しすぎた。

それでも無記入の部分があるまま提出するわけにはいかない。例え誰かが助けてくれたとしても、それが弁護士だとしても、結局その書類に記入されることはすべて「自分」のことなのだ。弱気になる自分を叱咤し、私は先に進めることにした。