第4回
「破産しか道はない」
そうは思ったものの、それに対する知識がまるでない私は、本当に自分が自己破産できるのかどうか、まずはそれが不安だった。そこで翌日、とりあえず本屋に向かった。この不景気で自己破産をする人はものすごい勢いで増えているという。それが本当なら必ず、『誰でもできる自己破産』とか、『この一冊で自己破産のすべてが分かる』 といった感じの本が出ているはずだと思ったのだ。

果たして本屋に行くと、想像通り、自己破産の方法を書いた本はすぐにみつかった。それにしても何故お金がなくて困っている人を対象にした「商品」が存在するのか、不思議でならない。「自己破産する人」=「貧乏人」ではないのだろうか。それともバブルの時に不動産や投資に失敗して、何千万、何億という負債を抱えている人にとって、数千円は「お金」ではないのだろうか。

目的の本を見つけても、内容を見る前に値段を見て、立ち読みで済ますべきか買って帰るべきかを悩んだ私は、フトそんな疑問を持った。

自己破産が世間で話題になった頃は、バブルに失敗した人の話としてではなかったように記憶している。学生でも気軽にクレジットカードが作れるようになり、それまでの「サラ金」がCMなどでイメージを一新し、電話一本で簡単にお金を借りられるようになった。その結果若い人が、後先考えずに買い物をして、その返済にサラ金から借金をしてそのお金を充てるということを繰り返し、最後には自己破産をする。また「買い物依存症」という言葉が言われ出した頃とも重なり、「若い人の破産」という意味で話題になったのではないだろうか。

若い人が破産にまで追い込まれると、たいていの場合親が出てくる。そして然るべき弁護士などに頼んで自己破産するというパターンがほとんどだろう。その場合、「自分でできる自己破産」の本を読む必要はない。そもそも、弁護士費用が払えるなら、その前に数千円使うことに悩む必要もないのかもしれない。

けれど明日の食事代にも事欠く私には、自己破産を考えるくらいに追い詰められた人以外には必要がない本が存在すること自体、とてもおかしなことに思える。それは弁護士を頼んで自己破産する場合にも同じことが言える。聞いたところによれば、自己破産するための弁護費用は30万から50万かかるという。

例えば負債が2億3億ともなれば、30万〜50万の弁護士費用くらい、小さい額に思えるかもしれないが、30万でも40万でも持っているなら、借金返済に充てようとは思わないのだろうか。弁護士を頼まなければ自己破産ができないのだとしたら、つまり本当にお金のない人は自己破産ができないということになってしまう。
そんな不条理があっていいのか。

常々そう考えていた私は、だから自分が「自己破産しよう」と思った時にまずは自分でやることを考え、その方法を知るために本屋へ向かったのだが、当たり前のことながらその本を買うにもお金が必要なのである。何冊か手に取り、パラパラと内容を確認したが、とても立ち読みで済むような話ではない。それに、自意識の強い私には、とてもじゃないが、『自己破産の方法』などという本を立ち読みする勇気がない。

思いあぐねた結果、私は2冊の本を選び、クレジットカードで買うことにした。本末転倒とはこのことだ。

もしも近々本当に、私が自己破産したら、クレジット会社の人はどう思うだろう。こういう買い物の場合、書籍名まで知られるのだろうか。だとしたら自己破産は計画的だと思われるかもしれない。仮に書籍名までは分からなくても、カードを使った日からたいして時間が経たないうちに自己破産を実行したら、やはり悪質な方法だと受け取られる可能性もある。自己破産に対してろくな知識を持たない私は、出だしから小さなことで不安になり、先のことを思って暗澹たる気分になった。

家に帰ると早速、『自己破産マニュアル』ともいうべき本を読み始めた。私はこの手のハウツー本はパラパラと必要なところだけ拾い読みするのが常なのだが、さすがに今回ばかりは最初からちゃんと読むことにした。

本屋にあった数冊の中から選ぶ時、私が一番気にしたのは「弁護士を頼まずに自分で自己破産をする方法」が書いてあるかということだ。そしてもうひとつは自己破産できる借金額や、収入の程度など、「どんな人が自己破産可能なのか」について書かれているかということ。

この2点がきちんと説明されているものを探そうと思った結果、2冊の本を選んだのは、1冊は前者について詳しく、もう1冊は後者について詳細に書かれていたからだ。もちろんしっかりと立ち読みしたわけではないから正確には分からないが、目次などを見た限りではそう思えたのだ。

しかし私のカンは脆くも外れた。1冊目の方は確かに「弁護士を頼まずに自分で自己破産をやる方法」についても書いてはあった。しかし「分からなければ弁護士に相談しよう」「無理なら弁護士に頼もうと」と、肝心なところになるとそう書かれていて、私が一番知りたいことは書かれていない。暗に「自己破産を自分でやるのは大変だ」ということばかり書いてあるので、思わずその本の著者紹介を見て、弁護士かどうか確認してしまったほどだ。

そしてもう1冊は、自己破産可能かどうかの目安ともいうべきものは書いてあるものの、借金の額や収入などの具体的な数字が提示されていないので、本当に自分が自己破産を実行してもいいのかどうか、かなり不安になった。

結局、カードまで使って自己破産に関する知識を得ようとしたにも関わらず、私はますます、自己破産をするべきかどうか迷ってしまうことになった。