よりどりみどり〜Life Style Selection〜


恵比寿のたい焼き

昨年の10月に、私の住む恵比寿にたい焼き屋がオープンした。

と言っても、私がその店を知ったのは、12月に入ってからだ。ヨガのクラスで知り合ったCちゃんが、ある日、目を輝かせて教えてくれたのである。

「ねえねえ、恵比寿の東口にたこ公園っていう児童公園あるの知ってます? あそこにたい焼き屋さんができたんですよ。それがねえ……すっごく美味しいんです〜! 私は浪花屋より美味しいと思います!」

浪花屋とは、麻布十番にある、かの有名な『浪花屋総本店』のことだ。

そもそもたい焼きの起源は、1909年(明治42年)に、大阪の神戸清次郎という銀行家の息子が、東京で一旗あげようと上京し、亀の形をした今川焼き「亀の子焼き」を発案したところに端を発する。ところがこれがさっぱり売れず、清次郎はさらにいろいろ考えた末、当時は高価で庶民には高嶺の花だった鯛の形を思いつき、「たい焼き」と名付けた(っつうかそのまんまですが)。その神戸清次郎の元祖・たい焼き屋こそが『浪花屋』なのだ。

たい焼きは大当たりして一世を風靡し、『浪花屋』はあちこちの店に製法を伝授して、フランチャイズ展開したらしい。だから、本家本元である麻布十番の店は『浪花屋』に『総本店』が付くのだ。店のシャッターのイラストにもなっている名物の髭のおじいさんは、3代目なんだそうだ。

おまけにこの『浪花屋総本店』は、1976年に子門真人が歌って大ヒットした「およげ! たいやきくん」のモデルになった店でもある。このシングルの売り上げ枚数454万枚という記録は、いまだに歴代1位の記録として破られていない。浪花の一発屋、神戸清次郎のパワーは、こんなところにも飛び火していたのである。

この元祖・たい焼き屋の『浪花屋総本店』のたい焼きよりも、美味しいとCちゃんが言い切ったたい焼き屋が恵比寿にできた?! これはもう、行くっきゃないでしょ! 私はさっそく翌日、そのたい焼き屋を探しに出かけた。

恵比寿東公園、通称『たこ公園』のすぐそばというだけの情報だったが、その店はすぐにわかった。のれんに赤くたい焼きの絵と、『ひいらぎ』という店の名前が染め抜いてある。たい焼き屋なのに『ひいらぎ』なんていう、京都の老舗旅館と同じ名前をつけるなんざあ、なかなかの度胸ではないか!

しかも、店をのぞいてビックリした。普通たい焼き屋というと、カウンターに鉄製の焼き型がセットしてあって、それをひっくり返しながらたい焼きを焼く。客は、窓越しに眺めながら、焼き上がりを待つというスタイルだ。だから、店の奥行きはさほどない。しかしこの店は、奥がやたらと広いのである。そして、もっとビックリしたのは、たい焼きの焼き型の数。縦に6個焼ける型が店の奥にズラリとコの字型に並んでいるのだ。しかもそのすべてにたい焼きの生地にあんこを落としたのや、ひっくり返して反対側を焼いてるのが乗っかっていて、まさにものすごい量のたい焼きが一斉に焼かれている。

量が量なので、3〜4人の若いスタッフがそこに立って焼いて……いや、見張っている。誰もせっせとたい焼きを焼いていない。ただただ焼き型の上のたい焼きを見つめるだけ。これ、本当に焼いてるのかよ! と思ってしまうような、何とも不思議な店なのである。

それでも、さっそく買ってみたたい焼きは、Cちゃんが絶賛したように、本当に美味しかった。甘さ控えめのあんこがしっぽまで入っているのもさることながら、皮がぱりっ、いや、さくっかな……としていて、しかもとても香ばしい! この香ばしさは他にないおいしさだった。さくっとしてるのに中はしっとり。絶品である。

このさくっと感が熱で損なわれないように、わざと箱の蓋に空気穴がついていて、お店の人が

「焼きたてなので、すこし蓋を開けておきますね」

と言って渡してくれるあたり、かなりのこだわりと見た。

そして、家に帰って中に入っていた説明書を見て、焼き型の数と店の広さの謎も説けた。

『ひいらぎ』のたい焼きは、独特のさくっと感を出すために、弱火で30分以上もかけて焼き上げるのだという。ひとつ焼き上げるのにこれだけかかるんだったら、そりゃあ、あのぐらいの焼き型の数がないと商売にならない。じっくり待つこと30分……焼いてる従業員が寡黙にもなるってもんだ。

もともと姫路にあった店が、激戦区の東京で勝負しようと、東京1号店として出したのが、この恵比寿店なのだそうだ。恵比寿に鯛……なんか縁起のいい語呂合わせでもある(これは、私が勝手に思っただけだけど)。

東京では、麻布十番の『浪花屋総本店』と並んで、四谷の『わかば』、人形町の『柳屋』が“たい焼き御三家”として有名である。それぞれ、まあそれなりのこだわりと違いはあるのだが、私はさほど差は感じなかった。

「どれも美味しいじゃん!」

どれもこんなもんかなというのが正直な感想。しかし、『ひいらぎ』のたい焼きは、マジにうまい! あつあつはもちろんのこと、冷めてもうまい! 冷めたのをオーブントースターで焼いたのが、これまたうまい! この店を知ってからしばらくは、恵比寿駅から自宅に向かう途中、ついここに寄り道していくクセがついてしまったくらいだ。

「普段たい焼きなんか、1つで充分なのに、つい2つとか平気で食べちゃうんです〜」

と、Cちゃんはニコニコ顔で言っていたが、私も一人で食べるくせに、毎回5個箱入りで買っているのに気が付いた。やっぱり、あんこものはうまいよな〜。

私のあんこ好きは父親譲りだと思う。
うち父親は、昔からたい焼きを始め、おはぎ、大福、あんパンが大好きな、あんこ親父だった。子供の頃、しょっちゅうお土産で買ってきてくれたのを覚えている。

休みの日は、原チャリでたい焼き屋までわざわざ出かけて、冷めないように懐に入れて帰ってきた。ちょっと潰れかけたのを、うれしそうに出す姿を今でも思い出す。

料理はほとんどできないくせに、春の草餅作りには恐るべき執念を発揮し、ヨモギ採りから茹でたヨモギをすり鉢で丁寧にすり潰し、上新粉をこねるところまで、母親が手出しできないくらい張り切ってやっていた。こんな父親の影響で、私の妹は4歳ぐらいまで、将来の夢は「おまんじゅう屋さん!」と、澄んだ目で言っていたものだ。

私も、和菓子というと、上等な練りきりよりも、手づかみで頬張る大福やたい焼きといった庶民的なもののほうが好きである。大学で茶道をやっていたときも、京都のナントカ屋の和菓子とやらが出てくるたびに、ああ、大福とか桜餅のほうがずっとうれしいのに……と思った。

『ひいらぎ』は、私がこうして書く前に、たくさんのファンができて、みんなブログに書き込むもんだから、あっという間に知れ渡ってしまった。今では午後から夕方にかけては30分待ちもざらである。ま、ちょっと待って、スタッフが無言で静かにじっくり焼き上げるのを眺めた後に、あつあつにかぶりつくのも悪くはない。

こういう、手作りの暖かさを、父親は私たち姉妹に伝えたくて、原チャリを飛ばし、ヨモギを摘んでいたのかなあと思うと、心の中もホンワリと暖かくなる。な〜んて、ただ自分が食べたかっただけかもしれないですけど。

今度、このたい焼きを持って実家に帰ったとき、ぜひ聞いてみよう……。