よりどりみどり〜Life Style Selection〜


本を読む人

最近、電車の中で本を読んでいる人を見なくなった。みんな座って一息つくと、始めるのは携帯メール、あるいはゲーム。新聞を読むオヤジですら、今では珍しい。かく言う私も、電車で本を読まなくなったが、これはそろそろ老眼が来始めて、電車の照明で本を読むのが辛くなったからだ。読まないのではなくて、読めない。う〜ん、なんかこっちのほうが辛いなあ。

昔から、人が本を読む姿が好きだった。特に男の人の。いかにも知的でインテリな感じの男ではなく、ガテン系の男が何気なく文庫本なんか読んでいると、思わず立ち止まって見とれてしまうくらい、好き。道路工事のバイト(たぶん)の学生(これも、たぶん)が、昼休みに鉄骨の上に座って、コンビニのお弁当を食べながら分厚い本を読んでいたり、バイク便の兄ちゃんが、ガードレールに腰掛けて、スタバのコーヒーをすすりながら、文庫本に夢中になっていたりすると、なぜだか胸がキュン! としてしまうのです。本を読んでいるときは、本の世界に入り込んで、周囲を全く気にしないプライベートな心がその人を包み込んでいるから、そこに一瞬足を踏み込んだ気がして、ときめくのだろう。そのギャップが大きければ大きいほど。みんな、もっと本、読みましょうよ。

なんて言いながら、実はこの頃、本が溢れて困っている。

雑誌の仕事をしているので、単行本もさることながら、ファッション誌を中心に、雑誌が毎月ドカドカとたまってくるのだ。読んだらどんどん捨てればいいじゃん! と言われそうだが、これがなかなか捨てられない。このコーディネイトとこのバッグは要チェック、このコスメは覚えとかなきゃ……と、ページの端っこを折り、何かに使えそうな特集があれば、また端っこを折る。Dog Earだらけの雑誌が、いつの間にか床に山積みとなる。

半年に1回ぐらいのペースで、一気にチェックしたページを切り抜き、ファイルしたり、ファイバーボックスに整理したりして、やっと捨てるといった具合である。整理した情報は、例えばバッグのデザイン企画に参加したときとか、プレゼン用の企画書のイメージ画像探しのときなどに、いきなり役に立ったりするが、ほとんどはファイルや箱の中で発酵(?)し、1年後にゴミ箱行きとなるのだ。

私は昔からファイル魔で、切り抜きをするのが大好きだった。切り抜き=情報がたくさん集まっただけで、なんだか賢くなった気分になる。情報というものは集めて満足するものではなく、それを活用してこそ意味がある……とわかっていても、ため込むクセは治らない。いかんなあ〜。これが単行本となると、当然そのままとっておくから、減ることがない。7年前に恵比寿に引っ越すときに、かなり大整理をして、古本屋に売ったり、処分したりしたが、あっという間にまた増えた。

私の家の仕事部屋は、デスクの横の壁一面が、天井まである本棚になっているのだが、本を棚の奥と手前と、二重に並べても、超満員。もしデスクで仕事をしているときに大地震が来たら、紙でできた凶器と化した重たい本が、一気に本棚から私目がけて総攻撃で降り注ぎ、私は脳しんとうで気絶するか、全身打撲で逃げ遅れるだろう。

そんなことより、本棚ごと倒れて来てペシャンコになるんじゃない? とお思いの方、残念ながら、その対策だけはきちんとしてあります。ちゃんと本棚は壁に固定されているだけでなく、天井の梁ギリギリまでの高さがあるので、前に傾いた時、奥行きの分が梁の出っ張りに引っかかり、一気に倒れることはないのである。その分、本が一気に飛び出すんだけどね。

この本棚は、恵比寿のマンションを買う前に住んでいた、麻布十番のマンションのときに購入したものだ。それまで、本棚にはかなり苦労していた。普通の本棚だと、あまりにぎゅうぎゅうに詰め込むから、すぐに棚板が反ってしまう。かと言って、スチール製では、無機質で味気ない。いろいろ取っ替え引っ替えしている内に、思い切って、壁面を本棚にしてしまおうと決めた。それだったら、棚板が絶対に歪んだり反ったりしない、完璧なものを見つければ……。

思い立つと、すぐにカタログ集めに入った、今だったらインターネットでサクサクと検索して探せばいいが、今から17年くらい前の話。パソコンすら普及していない頃である。インテリア雑誌を片っ端から調べ、あちこちのショールームを見て回った。

そうして見つけたのが、ドイツのインターリュプケのシステム家具である。今でこそ、六本木のAXISの2階に立派なショールームを構えているが、新宿のアクタスで見つけるまで、このブランド名すら知らなかった。決め手は、何と言っても堅牢なことと、塗装の美しさだった。木片を圧縮した素材の棚板は、とにかく密度が高く、ズッシリと重たい。そして、ホワイトの塗装は、数度塗り重ねてあるので、ちょっとやそっとでははげないぞ! という、自信の面構えをしていた。

パーツを選んで、自分の好きなサイズに組み立てられる。棚板は少し余分に頼むことにし、高さ210cm×60cm幅3連の本棚をオーダーした。引き出しや扉があるわけでない、いたってシンプルなオープン・シェルフなのに、そのお値段、約50万円也! びっくりしたけれど、見事に一生モノの存在感だったので、思い切ってオーダーしてしまった。私にとっては、家に数ある家具の中で、本棚はベッドの次くらいに大切なものだから。

組み立ては、専門の業者がインターリュプケの依頼でやって来て、丁寧に壁面に設置してくれた。1枚でもズッシリと重たい棚板に、いったい本棚だけで何キロになるんだろう? と、少し不安になった。そこに、これまた重たい本が入るのだ。床、大丈夫か?

この本棚は、麻布十番で10年ほど過ごし、思った通り、1ミリの歪みもなく、塗装もほとんど無傷だったので、そのまま恵比寿に持ってきて、設置し直した。引っ越しが決まって、どうしたものかとインターリュプケの日本支社に電話をしたら、また専門の業者が引っ越しの数日前に麻布十番にやって来て、まず解体。引っ越し当日に、今度は恵比寿に来てくれて、今の壁面に、きれいにまた組み立てて設置してくれた。さすがにアフターケアは、50万円相応であった。

ちなみに後で調べたら、インターリュプケは、世界で最初にシステム家具を開発した家具メーカーなのだそうだ。さすがドイツ! と思わせる、バウハウスの思想に影響を受けた機能性、合理性、シンプルデザイン! 17年使い込んでも、棚板の角っこすら剥げない丈夫さは、お見事としか言いようがない。正に一生モノとはこのことだろう。

もともと、ハンス・リュプケ、レオ・リュプケ兄弟が、1937年に寝具用の家具の会社を設立したのが始まりなのだとか。よし! 次はインターリュプケの一生モノのベッドと行ってみよう!

インターリュプケ http://www.interluebke.jp/