Vol.16 舞踏会ダンス「カドリール」その3 〜覚えなくてもいい踊り?〜

ウィーンダンススクールでのカドリールレッスンの様子。マナーとエチケットが大切なダンスです、男性もちゃんとした服装で臨みます。写真を撮っているのは、わざわざフランスから取材に来ていた雑誌のカメラマンでした。
現代ウィーン舞踏会でのカドリールが社交ダンスと大きく違う点は、その並び方や動きももちろんなのですが、何よりも「覚えなくてもよい」、というよりむしろ「覚えないほうがよい」ということにあります。そしてそれが、カドリールをより楽しくしていることと言えます。“覚えない方がよい”踊りとはいったい、どういうことなのでしょうか……?

舞踏会のカドリールタイムでは、それぞれの動きごとに「女性が入れ替わって」「斜め〜右へ」「場所を交替」などと指示をしてくれる人がいるので(もちろんドイツ語ですが)、“基本的には”それを聞きながら踊れることにはなっています。ですが……やはりある程度は知っていなければ、まったく違った方向へ動いてしまったり、フランス語が混じっている、名前の動きにも付いていけません。日本人なら知らない踊りに参加するのは躊躇してしまうところですが、現地の皆さん、日本人から見れば驚くほどによい意味で“いい加減”あるいは“適当”なのです。間違えたってまったく気にせず、それどころかほとんど知らなくても参加してしまい、だんだんしっちゃかめっちゃかになっていくのに笑い転げながら、楽しんでいるのです。社交ダンスもカドリールも、舞踏会においては“完璧に踊れること”が目的ではなく、パートナーや、周りの人たちと、楽しむ手段なのですね(もちろんオープニングセレモニーでデビュタントが踊る時には、完璧に美しく、踊っています)。

以前、こんなことがありました。社交ダンスが好きな方たちばかり30人ほどが、舞踏会ツアーで日本からウィーンにやって来ました。私はウィーンのダンス学校でのカドリールレッスン会をアレンジ・通訳したのですが、踊ったことも見たこともない「カドリール」に皆さん、最初は困惑……けれども次第に真剣な顔つきとなり、手の位置、足のステップひとつひとつまで、細かく先生を見ながら覚えようと必死でした。

……と、レッスンも後半になってきた頃、先生が皆さんに言ったのです。

「日本人というのは本当に、全てをきちんと覚えようとするのですね。でもこのカドリールは“混乱”の中でこそ楽しい踊りです、ぜひ皆さん、リラックスして、音楽に乗って楽しんでください」

カドリールが終わり、ギャロップでアーチの下をくぐっているところです。
そのひとことで笑いが起き、それまで「一生懸命」だった場の雰囲気がリラックスしたムードに変わり、盛り上がってレッスンを終えることができました。もちろん舞踏会当日は皆さん、現地の人たちに混じって、よくわからないながらも一緒に跳ね、拍手をして、楽しまれていました。

何事もきちっとやろうとする……そんな国民性が私は日本人として誇りですが、たまには“きちっと覚えていなくても踊って楽しむ”のを、よしとしてくれる文化に溶け込んでみるのも、いいのかもしれませんね。