第28回
「自己破産をする場合、債権者リストや借金額に虚偽の記述があってはならない」

自己破産の本などにはそのように書かれている。例えば親しい人が保証人になっている場合、その借金については申告せず、破産宣告された後も払い続けようと考える。あるいは知人に借りたものは、利子もつかないので個人的に返していこうと考えて申告しないというケースも多いらしい。そして、せっかく破産宣告が出たのに、その後も借金を抱えることになって、それによって生活が逼迫し、再び金融会社にお金を借りてしまう人もいるという。

確かにそんなことになっては馬鹿馬鹿しいと思うが、親切でお金を借してくれた人に「自己破産するので借金を免責にして欲しい」という書類が届くのは忍びないと考える気持ちも私にはよく分かる。弁護士が依頼を受けると、「自分が依頼を受けたので、今後は私に連絡してください」という旨の知らせと、借金額を確認する書類が債権者に届く。更に裁判所に自己破産の申立をすると、「意見聴取書」というのが裁判所から送付される。

そこには債務者に関する質問がいくつか書かれており、「同時破産廃止を認めてもよい・認めない」とか、「債務者には財産がある・ない」などの問いに答えなくてはならない。そういった質問に答えてもらうことも、その書類を書いたり送ったりする面倒をかけることも、あくまで無利子・無催促で貸してくれた人に頼みづらい気持ちもある。私の場合、個人的にお金を借りていた人には、前もって自己破産をする旨を伝えたときに、「渡したお金のことは、書類に書かないように」と言われたので一切書かなかった。

自己破産をするときに書かないと、後々「返済するように」と言われた時に、「自己破産したので返せない」という言い訳が通じなくなるので、そのためにも書いたほうがよいということもあるのだが、そういうことはあり得ないと思っていたし、万が一そういう問題が起きたなら、それはそれで仕方がないことだと考えたからだ。

バイト先のスナックのお客さんが、以前自己破産をした時に、ママのところに弁護士から連絡が来たことがあった。その人はお店にもツケがあったのだが、それを「借金」として申告したのだろう。前もって本人からの話もなく、ただ「免責になったので、彼の借金はなくなります」という事後報告に、ママは不愉快さを露に「自己破産をするならするで、どうして一言、本人から言ってこないんだろう」と言っていた。金額はたいしたことがなかったが、その後は全くお店にこなくなった。常連のお客さんで親しくしていたので、「自己破産はしたけど、少しずつ返していく」というふうに言うのではないかと思っていたが、そういうこともなく、私もその失礼なやり方に腹が立った。

自己破産の準備を進めている間、私は何回もそのことを思い出していた。自分の生活は立て直したい。自転車操業を止めて、早く借金から開放されたい。そうは思っていたが、自己破産することで金融会社に迷惑をかけた上に、自分を助けてくれた人たちにまで誠意のない対応をするのは、絶対に止めよう。恩を返すのには時間がかかるが、せめて失礼のないようにしたい。そう思った。

その時に、一番悩んだのは、今はもういない澤田さんに対しての「誠意」を、どう表せばいいのかということだった。

他の人に借りているものには借用書もなく、それぞれの人と直接話し、「貸したんじゃなくてあげたんだから、いいよ」と言ってもらえたが、澤田さんの意思を確認する術はない。澤田さんが亡くなった時、私はいずれその借用書が出てきて、親族から連絡があるに違いないと思っていた。お通夜に行った時、私は万が一借用書が出てきた場合のことを思って、澤田さんのお兄さんに自分の名刺を渡し、「澤田さんには大変お世話になった者です」と挨拶してきていた。そのことから逃げ隠れするつもりはなかったのだ。そして澤田さんと同じ会社で、スナックのお客さんでもある人に事情を話し、「もしも澤田さんのご家族が、借用書の件で相談してくることがあったら、ちゃんと対処するつもりなのでよろしくお願いします」と言っておいた。

けれどそれから半年が過ぎても、澤田さんの家族からは何も言ってこなかった。澤田さんはとても几帳面な人で、私が書いた借用書を絶対になくしたりはしなかったと思う。事実、借りている金額が増えて、新たに借用書を書く場合は、必ず前の借用書を私に返却してくれていたし、最後に借りた30万円の借用書は、すぐに出てきたのだ。その30万の借用書に関しては、遺族の方が澤田さんと同じ会社の人に相談したというのも聞いていたが、それはまだ亡くなって間もない頃だったので、遺族も結論が出せないようだということだった。

自己破産をするべきかどうか悩んでいた時、澤田さんの借金をどうしたらいいのか、私には明確な答えを出すことができなかった。何度か澤田さんの会社の人にも電話をしたが、遺族からはその後何の連絡もないという。私は結局、澤田さんの借金も、書類には書かずに提出した。

最初に弁護士の堀田先生の事務所へ行った時、「個人的に借りている人はいませんか」という質問を受けた。私は一瞬悩んだものの、「嘘は言わない」と決めていたので、正直に200万円借りている人がいること、その人は半年前に亡くなっていることを話した。堀田先生は、「個人的な借金に関しては、それぞれ話し合いがついていれば、債権者一覧に書かなくてもいいですが、亡くなっている場合、逆に遺族が返済を求める場合があるので、書いたほうがいいのではないですか」
と言った。

借用書がある限り、財産を引き継ぐ人に、その借用書の権利も受け渡される。澤田さんの場合、ご兄弟がそれにあたるが、私はもしも自己破産が成立した後で、ご兄弟が何か言ってきたら、それは仕方がないと思っていた。既に半年以上の時間が過ぎている。澤田さんがきちんと保管していたのなら、とっくに出てきているだろう。澤田さんの性格から言って、捨ててしまっているとは考えられない以上、それを見つけたご遺族が、「本人が貸したものだから、返してもらわなくてもいい」という判断をしてくださり、連絡がないと考えるほうが自然だ。

そういうふうに思ってくださっているところに、裁判所から「この借金について、免責(同時破産廃止)してもいいですか」という書類が届いたとしたら、先方は不愉快に思うのではないだろうか。私はそう思うだけで、耐えがたい気持ちになった。
「この借金に関しては、申告しません」
私の言葉に、堀田先生はそれ以上言わず、個人的借金は含まない書類を作成してくれた。

もしかしてそれは、自分に対する言い訳かもしれない。200万円という借金を、現実に返すことなど不可能なのだ。せっかく遺族が何も言わないでいてくれるところに、「お金を借りています。だけど返すことができなくなりました」と表明することがイヤなだけかもしれない。

生きている人になら、自分の気持ちを話し、理解してもらうことができる。仮にすぐには無理でも、長い時間をかけて自分を見てもらうこともできる。けれど澤田さんの気持ちを確認する術も、理解してもらう術もない。だからせめて遺族には不愉快な気持ちを与えたくない、そう思ったのは事実だが、それも言い訳のような気がする。澤田さん本人の気持ちが分からない以上、どう言っても私のすることは言い訳になってしまうのかもしれない。都合のよい方法と思われるかもしれない。

澤田さんにしてもらったことは、お金で返せるものではないが、はっきりと借用書が残っているものに関して、もしも後々、遺族が返済を求めてきたら、返そう。けれどいつも、
「早く生活を立て直しなさい。そのためなら、いくらでも助けてあげるから」
と言っていた澤田さんの気持ちに応えるためには、どうすればいいのか。
私はこれから、それを考えなくてはいけない。それは一生返し終わることのない、大きな負債なのだから。