第21回
一体、どうすればいいのだろう。

東京地方裁判所からの帰り道、再び返却された「自己破産申立書」の書類を抱えた私は、途方に暮れていた。

今回返された書類に貼られた付箋は、前回ほどの量ではなかったが、それでも1枚2枚というほど少なくもなく、これをまた書き直さなければならないのかと思うと、憂鬱になった。付箋を貼られたのは前回同様、「海外旅行」や財産の有無の部分で、「このように書いてあると、自己破産の申立が受理されないかもしれませんよ」と、受付の女性は言っていた。

もちろん私は、海外には家族がおり、飛行機代しかかからなかった旨、「陳述書」に明記したとか、パソコンは現在持っていないとか、記入するときに考えたとおりに説明したのだが、
「裁判官がそれをどう受け取るかは、私には分からないから」
と言われてしまっては、
「とりあえず受理してください」
とは言えない。
そして、前回は付箋が付けられなかったのに、今回付けられていた部分がいくつかあり、「何で一度目に言ってくれなかったんだろう」と思い、私は「やはり個人でやると、受け付けるつもりがないのではないか」と腹が立った。

今回付箋を貼られたひとつには、「家計全体の状況」のページがあった。そこには1か月の収入と支出を項目別に書くのだが、私の場合収入より支出の額が多く、受付の女性は、
「これでは一体、どうやって生活していたのか、分からない」
と言う。
「借金をして生活しました」
と答えると、
「では収入のほうに、『借り入れ』という項目を追加して、そこに金額を書いてください」
と説明を受けた。

そして収入と支出が、ほとんど同じ金額にならなければ、それはおかしいということになる、と付け加えたのを聞いて、それほどハッキリとした記入の間違いを、何故、前回言ってくれなかったのか、納得がいかなかった。その女性は、決して嫌味な言い方や居丈高な態度をとるわけではなかったので、「これでは自己破産の認定がされないかもしれませんよ」という言葉を聞くと、だから「認定されるように書き直しなさい」と、やさしい気持で言ってくれている……というふうにも思えたが、これほどに分かりやすい間違えの部分を一度に教えてくれないことや、繰り返し「弁護士を頼みなさい」と勧めるところをみると、やはりわざと受理しないようにしているのではないかとも思えてくる。

「本当に自己破産できるのだろうか」

私はすっかり気落ちしてしまい、足取り重く家路に着いた。

家に戻っても、再び書類を書く気持ちにはなれず、私は必要な書類を前に、呆然としていた。やはり自己破産は止めて、何か他の方法を探したほうがいいのだろうか。それとも弁護士なり、親なり、しかるべき人に相談するべきだろうか。それともこのまま、自転車操業を続けて、地道に借金を返していくべきなのか。

私は自分がとるべき道をさまざま考え、そしてそのひとつひとつを検討してみた。自己破産を止めて、他の方法となると「民事再生法」や「債務整理」などがあるが、これに関しては相談センターに電話した時に、「あなたの場合は自己破産のほうがいい」と言われたこともあり、今になって別の方法を考えることは無意味に思えた。

では弁護士に相談するべきか。

ここまでは何とか自分でやり、その結果受理されなかったのだから、「何が何でも自分ひとりでやってやる!」とは強く思えなくなっていたが、かといって弁護士に頼むだけの費用を捻出する気持ちにはなれず、やはり「お金がないのに、お金を払って人に頼むのはイヤだ」という思いに行き着く。だからと言って、親に相談したところで、そういった事に特別詳しいわけではないから、いたずらに親を苦しめるだけである。

ならば何もせず、今まで通り月末には収入の全てを借金返済に充て、返した分をまた借りて、生活費にして乗り切ればいいのか。

現実には、それは既に無理だった。今月は、単発でやったライターの仕事のギャラが重なって入り、普段よりは収入があるが、来月、再来月に入ってくるギャラの予定はない。すでに各カードはほとんど限度額一杯まで借りており、収入の全てを返済に充てても、再び借りられるお金は微々たるものだ。仮に今月を乗り切ることは出来ても、来月を乗り切れるだけの収入の当ては全くなかった。

澤田さんだけではなく、今まで窮地の時に助けてくれたスナックのお客さんは他にもいたが、そういう人に再び助けを求めて、目の前の困難から救われることはあっても、すでにここまで追い込まれている以上、すぐにまた同じ状況になることは目に見えている。それに、ここまで来て、誰かにお金を借りるなどということをしてしまったら、「今度こそは逃げない」と誓った自分を裏切ることになる。それでは澤田さんにも顔向けが出来ない。散々悩んだ結果、私はやはり自己破産の手続きを進めることにした。

しかし、今のままやっていては埒があかない。地裁の受付にいた女性が、何かの含みがあって受理してくれないのか、それとも単に弁護士を付けない人は受理したくないという気持ちがあってのことかは分からないが、このままではいつ受理されるか全く分からない。地裁に行く度に、昼間のバイトを休み、交通費と時間を使っているのである。こんなことを何回も続けるのは馬鹿馬鹿しいとも思う。

弁護士に頼まないにしても、書類の書き方について、相談するだけならしてみてもいいのではないか。私はそう考えた。30分で5000円もかかってしまうが、このまま無駄足を踏むよりは建設的な方法のように思えた。

私はとりあえず、地裁からもらった自己破産専門の『弁護士会法律相談センター』に電話をかけ、「書類の書き方を教えて欲しいのだが、その相談に乗ってもらえるか」ということを聞くことにした。すると電話にでた男性は、私の状況について詳しく尋ねてきた。私は質問されるまま、年収、借金額、弁護士に頼むつもりはないこと、そしてこれまで2回裁判所に書類を提出し、受理されなかったことを説明した。

相手は私が話し終えると、
「弁護士さんに頼むお金がないなら、法律扶助協会に申請して、そのお金を出してもらったらどうですか」
と言った。

法律扶助協会は、生活保護などを受けていて、弁護士に頼む金銭的な余裕がない人に、弁護士費用を立て替えてくれるところである。もちろん私は、本を読んでそういうシステムもあるということは知っていたが、本には「生活保護を受けている場合など」と書いてあり、私には当てはまらないと思っていた。

「あなたの収入と毎月の借金返済額ならば、もしかして扶助が受けられるかもしれませんよ。ですからその事を、弁護士さんに相談したらどうですか」
その言葉を聞いた私は、藁にもすがる思いで、3日後に弁護士に相談する予約を入れたのだった。