第10回
「借金を抱える人は、自分の借金額を正確に分かっていない」
ある宗教家の取材をした時に、その先生が言った言葉だった。

借金苦で入信する人のほとんどは、「借金はいくらあるのか」と聞いても「だいたい500万くらい」「300万あるかないかです」と曖昧にしか答えない。一件一件書き出させても、あまり正確には覚えておらず、ちゃんと書類などを持ってこさせると、最初に言っていた金額より多いことがほとんどだという。私はその取材当時、すでに200万円近い借金をしていたが、私自身、正確な借金額を書類を見て計算したことがなかったため、その話は身につまされた。

借金の任意整理について相談センターに電話をかけることに決めた私は、初めて債権の書類をかき集め、自分の借金総額を正確に知ろうと試みた。それまでは、「○○ローンに30万、××クレジットには40万」とおおよその額を頭で足していただけだったが、いざ書類を見て計算してみると、デパート系クレジットカードで買い物をした残金や、利子などがかさみ、270万円もの借金があることが判明した。

もちろんそこには澤田さんを始め、個人的に借りているものは入っておらず、200万円くらいだろうと考えていた私は、宗教家の先生の言葉を思い出し、「私はまさしく、借金体質の人間だ」と自覚した。
「いくら金融会社からとはいえ、貸してくれている人に対して、『だいたいいくら』という言い方は失礼だ。そういうだらしがない性格だからこそ、自分では返しきれないくらいの借金を背負うのだ」
そう言っていた先生の言葉がよみがえる。

毎月毎月、「借りては返す」ということを繰り返していると、どこのローン会社も常に限度額一杯まで借りている状態になってしまい、利子を含めてどのくらいの借金が残っているか、改めて計算する気にもなれなかったのだが、それは言い訳にすぎない。結局、「返せば借りられる」という考え方が身についてしまい、目の前の返済さえ乗り切ればなんとかなるといつも思っていたのだ。やはり、今この悪しき習慣を自ら断ち切らなければ、私は一生借金から逃れられない。それには考え方、生活態度、面倒くさいことからは逃げてしまう性格、それらを正していかなければならないと、今さらながら実感した。

270万円の借金額で任意整理や自己破産が出来るのかどうか、次の日、私は早速「相談センター」に電話した。対応してくれた年配の女性に聞かれるまま、借金額、月々の収入、毎月の返済額などを答えていく。一通りの質問に答えると、
「任意整理というのは、借金がなくなるわけではありません」
と任意整理の方法など、すでに本やネットなどで知っていることを丁寧に説明してくれた。
そして、
「あなたの借金額と収入からすると、任意整理をしても今後生活していけなくなります。自己破産のほうがいいと思いますよ」
と言った。

自己破産を考えて、いろいろ調べた結果、任意整理のほうがいいのではないかと思っていた私には、少なからずショックな言葉だった。そして弁護士に頼む気はないと言う私に、いずれの方法を取るにしても、30分5000円で相談に乗ってくれる弁護士会などがあるから、そこに相談に行ったほうがよいと、本に書いてあることと同じことを言われた。一瞬、「やはり弁護士に頼むしかないのか」と思ったが、よく考えてみれば、まだ私は自分で何もしていない。本を読み、ネットで調べ、自分の借金額を書き出し、そして電話を1本かけただけだ。すぐに弱気になる自分を叱咤し、私は次にやるべきことを考えた。

とりあえず任意整理という道はないことが分かっただけでも収穫かもしれない。ある意味、専門家から「あなたは自己破産すべき人」とお墨付きをもらったようなものだ、と私は違う受け取り方をすることにした。また月末になれば、各金融会社から返済を催促する電話がひっきりなしにかかってくる。できればそれまでには自己破産の手続きが終わっているようにしたい。ならば「弁護士に頼むべきか」などと考える前に、とにかく自分で自己破産の手続きを始めてみよう。そう考えた私は、その日早速、東京地方裁判所に、自己破産の書類をもらいに出かけた。

霞ヶ関にある東京地方裁判所(地裁)に行くのは、その時がはじめめてだった。空港にあるような、荷物と身体をチェックするガードをくぐると、私は受付に向かい、自己破産申請の場所を尋ねた。教えられた通り13階へ行く。エレベータを降りると「民事再生法の申請」などと並んで「自己破産の申請」と大きく書かれた紙が廊下に張り出されていた。中に入ると、そこはほとんど区役所などと変わらない雰囲気で、それぞれの人が窓口で、対応してくれる職員と話したり、書類を書き込んだりしている。

私が入っていき「自己破産の書類をもらいに来ました」と言うと、一枚の紙を渡された。それはアンケート用紙のようなもので、まずはそれに記入しろという。無記名で、「自己破産を考えた時期・理由」「弁護士に頼む・頼まない」「頼まない理由」「自己破産に詳しい人に相談した・しない」「自己破産に関する本を読んだ・読んでいない」などの質問が何個かあり、それらの当てはまるものに丸印をしていくものだった。そして最後に「特に証券や不動産などの財産を持っていなくても、破産管財人が入ることがあるということを知っている・知らない」という質問があった。

破産管財人とは、本で読んだ限りでは「証券や不動産を持っている場合に限り、それらの財産を整理するために介入する人」と理解していたので、アンケート用紙に書かれた「財産を持っていなくても入る」という言葉には驚いた。破産管財人が入ると、それに対して50万円支払わなくてはならないので、50万以下の財産の場合は入らない、確かに本にはそう書かれていたのだ。「どういうことだろう」と不思議に思いながらも、私は「知らない」というほうに丸を付け、再び受付に向かった。

担当の人は私のアンケートを見るとまず、なぜ弁護士を頼まないのかということについて、聞いてきた。私は正直に「依頼するお金がないからです」と答えたが、相手は「弁護士が入った場合は時間が短縮できる」「事務処理が楽になる」「債権者とのやり取りをすべてやってもらえる」など、弁護士に頼んだ場合の利点と、その反対に自分でやった場合の大変さを繰り返し話す。

私はすでに本を読んでおり、それらについて理解した上で、弁護士に頼まないことに決めたということを伝えるのだが、
「だったらせめて、一度30分5000円払って、弁護士会の相談センターへ行ったらどうか」
と、弁護士会のパンフレットまで渡された。
「ここに相談するかどうかは別として、とりあえず書類をください」
そう言うと、
「弁護士は自己破産の書類を持っているので、今、あなたが持っていっても、弁護士に頼んだらそれは無駄になります」
と言う。自己破産に必要な書類は、13階のその場所で一旦借り受け、1階にあるコピーセンターでコピーしてもらわなければならない。原則として外には持ち出してはいけないので、全部で18枚ある書類を裁判所でコピーしてもらうと、540円かかってしまう。弁護士に頼んだら、そのお金が無駄になると担当者は言うのだ。

それでも構わないから、貸してくださいと頼むと、アンケートをもう一度見た担当官は、
「財産がなくても破産管財人が入ることがあるんですよ」
と言った。破産管財人が入った場合にかかる50万円は、弁護士に依頼している場合、「弁護士がすでに財産については調べている」とみなされ、半額の25万円になるという。万が一破産管財人が入った場合のことを考え、やはり弁護士に頼んだほうがいいと、その担当官はしつこく言った。

弁護士に頼んだ場合の相場は、たいてい20〜30万円かかる。仮に管財人が入って、それに支払う額が半額になったとしても、弁護士に支払うことを考えれば、50万円以上になってしまうのだ。そう担当者に伝えると、
「確かにそうだけれど、破産管財人が入らなければ弁護士費用だけで済むし、入っても半額だし、他の利点も考えれば、絶対に弁護士を頼んだほうがいい」
と言って譲らない。
「頼むかもしれないけど、とりあえず書類が欲しい」
と私がいくら言っても、
「頼むなら、書類は無駄になる」
の一点張りで、なかなか出してくれない。

そんな堂堂巡りを繰り返すうち、私はだんだん腹が立ってきた。自己破産は刑事事件と違い、必ずしも弁護士を付けてやらなければならない事ではない。明日の食費も光熱費も払えず、ここまで来る電車賃にさえ困る人もいるに違いないのに、この応対はなんなのだろう。いくら莫大な借金を抱えていても、50万円程度のお金ならば用意できるという人はいい。自分ではどうしようも出来なくなり、親が弁護士費用を出してくれるというなら、それもいいだろう。しかし、自己破産する人のほとんどは、弁護士費用も出せないくらいに追い詰められ、他に方法がなくて自己破産を選んだのではないのか。

いや、自己破産に対する知識のない人の中には、「弁護士費用は払えない」と思って、自己破産することすらあきらめて、自殺したり犯罪に走ったりする人もいるかもしれない。書類をもらいに行っただけで、「弁護士に頼め」という、あまりにお役所的な仕事振りに、私は激しく反発を覚えた。
「絶対に自分でやってやる」
それまでの不安も迷いも吹っ飛んで、私は意地でも書類をもらって帰ろうと、相手があきらめるまでしつこくそこに居座り続けた。