第9回
「澤田さんの訃報聞きましたか」
スナックのママから入った留守番電話のメッセージを聞いたとき、私は咄嗟に「ふほう」が「訃報」のことだとは理解できなかった。

一昨日の昼間、いつものように電話でお金を振り込んだことを報告し、新しい仕事の話などした私に、やはりいつものように元気な声で
「よかったですね。がんばってください」
と答えてくれた人と、訃報という言葉が結びつかなかった。まさか…と思いつつママに連絡すると、前日の昼間、胃痛を訴えて病院に行き、夕方には血を吐いて亡くなったと聞かされた。

あまりのことに呆然となった私は、力なく座り込むと、悲しさと同時に自分に対する怒りが湧き上がり、その場で声を上げて泣いた。
「まだ何も返してないのに」
私が思うのはそのことだけだった。200万円のお金はもちろんだが、それ以前に、澤田さんが私にしてくれたことに対して、私は何の恩返しもしていない。

いつか、私の書いたものを見てもらう。

それだけが唯一、澤田さんに返せることだと思っていたのに、それが叶う前に、澤田さんは私の前からいなくなってしまった。もう二度と、私の書いたものを見せることはできない。
「間に合わなかった」
という苦い思いが胸に突き刺さる。自分の気持ちの問題に捕らわれて、最も私を大切にしてくれた人にさえ何も示せない自分が許せなかった。

自宅の冷たい床に座り込み、声を上げて泣いたその日から7か月。澤田さんが亡くなってからの私は、更に不安定な精神状態になり、自分の気持ちをコントロールすることが全くできなくなっていった。そして自分の殻に閉じこもり、人にもほとんど会わず、パートの仕事も休みがちになった。澤田さんが亡くなったからといって、借りていたお金がなくなるわけではなく、今後遺族に対して払っていかなければならない。

それまでに嵩んでいたデパート系クレジットカードと金融会社への返済は、何回も「借りては返す」を繰り返すうちに利子ばかり増え、収入のほとんどを借金返済に充てても元金を減らすことができない状態が続いている。そして、光熱費や家賃の支払いも出来ず、遂に「自己破産」を考えなければいけないほどに追い詰められてしまった。

自己破産に関する書籍を買い込み、自己破産について知れば知るほど余計に不安になった私だったが、そこまで追い詰められて初めて、今ここで逃げ出しては本当に澤田さんに顔向けが出来ない、と強く思った。自己破産するにせよしないにせよ、それに対する不安や面倒くささに負けて途中で逃げ出すことは、200万円を返さない以上に、澤田さんに対して申し訳が立たないのではないか。借りたお金を返せる自分を、澤田さんに見せることは出来なかったが、だからこそ今度は逃げ出さず、自分でなんとかしなければならない。私はこの時ようやく、そのことと真剣に向き合ったのだった。

「自分でなんとかしてみせる」
そう決めた私は、まずはインターネットで、本を読んだだけでは分からなかった部分の知識を得ようと考えた。「自己破産」というキーワードで検索し、弁護士事務所が開設しているホームページ以外で、実際に自己破産をした人のサイトを探し出し、その手順や問題、問題の解決策などが書いてあるものを重点的に読むことにした。

しかし、自分で自己破産をした人は相当に苦労をしたらしく、肝心なことに関してはほとんど無料で教えたりはしていなかった。本にも書いてあるような「自己破産の方法」は書いてあるのだが、その先を知りたい場合は有料というシステムを取っているサイトが多い。ただいくつかのサイトを読んでいくうち、私の場合は「自己破産」ではなく別の方法の方が良いのではないかと思うようになった。

別の方法とは、「任意整理」「特定調停」「個人債務者民事再生」などである。簡単に言うと「任意整理」は裁判所が介入せずに債権者と債務者が話し合いながら借金を整理する方法。「特定調停」は裁判所に入ってもらい民事調停の場で改めて返済計画を立てるというもの。「個人債務者民事再生」は裁判所が債権者を一括して取りまとめ、債権者は個別に債権を回収することができなくなり、債務者が自ら提出した再生計画で再生する方法のことだ。

この三つの中で、自己破産以外の手段として一番多く用いられているのが「任意整理」で、この方法については自己破産に関する本にもほとんど書いてある。もちろん私が買った本にも書いてあったのだが、「任意整理」の場合、利子を止めてもらったり、今まで払ってきた利子を改めて計算し直して、残金を減らしたり、毎月の支払額を減額してもらう方法なので、借金がなくなるわけではないため、借金をなくしたいと考えている私には関係がないと思い、あまり真剣に読んでいなかったのだ。

しかし現実に「任意整理」をした人の話をサイトで読むと、3年以上同じ金融会社で「借りては返す」ということを繰り返していた場合、金利の計算をし直してもらうことで借金の残金がほとんどなくなる場合があるという。私の場合、デパート系クレジットカード、金融会社系のカードのどちらも3年以上前に借りたものだったので、もしこの方法で改めて金利の計算をすれば、大幅に借金の残金が減ることもあるかもしれない。

ただし、この方法は裁判所が入らず、すべて個人で債権者と交渉しなくてはならないため、金利のシステムや法律に詳しい必要があり、大抵の場合は弁護士に頼むのが普通だと本には書いてあった。実際に個人で任意整理をした人の体験談でも、債権者に脅されたり、ごまかされたりしたというような話が多く、すべての債権者と話し合いが済むまで1年以上の時間がかかったり、ある金融機関とは話し合いがまとまらず、いまだ話し合い中という人もいる。

いくら「自己破産しか道はない」と思ったとはいえ、「借りたものは返す」と考えて今までやってきた私にとって、自己破産せず、現状から抜け出せる方法があるのなら、そちらの方が良い。しかも少しずつ返していく方法なら「借りたものは返す」という気持ちにも背かないですむ。いくつものサイトを読み進めていくうち、私は次第に自己破産ではなく、任意整理をする方法を調べてみようという気持ちになった。

そう考えてサイトを見続けていると、「任意整理」を考えている人を対象にした相談センターのホームページを見つけた。弁護士などの相談と同じで、30分 5000円で相談に乗ってくれる任意の団体で、借金額、債権数、収入によって、どういう方法の整理の仕方が良いか教えてくれるという。

いずれにしても自分がとるべき方法がわからなかった私は、まずはそこに電話をして、どの程度相談に乗ってくれるのかだけ聞くことに決めて、電話をする前に自分の借金額を明確に書き出すことから始めることにした。