数年前から、年に数回両親を連れて温泉旅行に行くのが恒例になっている。
子供の頃は、毎週家族揃って高尾山に山歩きに行ったり、奥多摩にキャンプに行ったりしていたものだが、私と妹が高校生になったあたりから、家族旅行なんて、全くしなくなっていた。家族で旅行するより、友達と行ったほうがず〜っと楽しいと思うようになったからだ。
20代の半ばで実家を出て一人暮らしするようになってからは、なおさらである。それどころか、実家には年に数回(お正月と夏ぐらい)しか顔を出さないし、海外取材に出かけるときしか電話もしない。たまに母親から「元気なの?」と電話があっても、「何? なんか用?」と、迷惑そうな口調。私は世に言う、親不孝なわがまま娘の典型であった。
しかし、それから20年ぐらいたったある時、親はいつまでも子供を守る強い存在ではないことに気が付いた。当たり前の話であるが、人は年老いていく。父親は定年を迎え、年金生活。いざとなれば助けてくれる、守ってくれるという存在が、ある時期から逆転した。これからは、私たちが見守ってあげる番。頼もしかった父の背中が小さくなったこと、歩くのが速くてついて行くのが大変だったのに、今はこちらがゆっくり歩調を合わせていること、母親の耳が少し遠くなったこと……跳ねっ返りのわがまま娘にも、そんな現実がリアルに突きつけられ、チクリと胸が痛んだ。
そこで一念発起。親孝行なんて言うと嘘くさいので、妹と相談して、両親のためのイベントを作ることにした。名付けて『家族揃って温泉旅行大作戦』。そんな大袈裟なタイトル付けんでも、そんなもんどこでもやっとるわい! という話だが、我が人生に於いては、画期的な出来事だった。最初は、仕事柄情報に明るい私が、雰囲気のよい温泉を雑誌で調べ、修学旅行という大旅行団を仕切る教師という立場に乗じて、旅行代理店を鼻でこき使っている妹が、予約を取るという役割分担であった。しかし、私が忙しいので、最近では妹が企画から段取り、予約のすべてを行っている。
今年も、1月に伊豆の土肥温泉に行き、先月は、新潟の六日町温泉にある『龍言(りゅうごん)』という温泉旅館に行って来た。年老いた両親を連れての電車移動は大変なので、移動は車。と言っても、私の愛車は、速いだけが取り得で、同乗者にとっては乗り心地最悪のスポーツカーなので(このコラムの第32回参照)、妹のハリアーに4人で乗って出かける。
たいていが伊豆や群馬、栃木あたりの温泉ばかりで、新潟まで足を延ばすのは初めてだったが、関越自動車道を使えば、3時間で行けてしまう。群馬県の水上と新潟県の湯沢の県境にある、日本一長い『関越トンネル』(全長約11km)を通り抜けるという初体験もできた。トンネルを走っているということをうっかり忘れてしまうくらいに長いトンネルで、よくもまあこんなの掘ったなあと、思わず中島みゆきの『地上の星』を口ずさみたくなった。
バブル時にどかどか建てたのであろう、越後湯沢のオシャレなリゾートマンション群の谷間を走るというのもミラクルな体験で、今回の温泉旅行は、行きからかなり楽しめた。
六日町で高速を降り、妹が事前にチェックしておいた『へぎそば』を食べ、これまた妹が行きのルートとして決めていた農協に行って、南魚沼産のこしひかり10kgを買う。もちろん実家用。私は帰りに都内のどこかで降ろされ、電車で恵比寿まで帰らなければならないことを考えると、重たい米を買う気力はさすがにない。
『龍言』は、豪族の屋敷をそのまま旅館にしたということで、黒くどっしりとした佇まいと広い庭園が素晴らしく、趣のある旅館だった。
温泉のポイントは、どの旅館に泊まるかである。
最初の頃は、映画『失楽園』のロケ地として話題になった、堂ヶ島温泉の『小松ビューホテル』に行ったり、女性誌で一世を風靡した、伊豆大沢温泉の『大沢温泉ホテル』に泊まるという、あからさまなミーハー振りを発揮していた。『小松ビューホテル』には、映画のシーンにあった、屋上にある露天風呂からの夕景を夢見て行ったのだが、嵐のような天気だったので、夕日どころか、首までつかってないと震えてしまう有様だった。『大沢温泉ホテル』は、文豪が泊まったという、土蔵を改装した部屋に泊まったが、窓が少なく、息苦しいと、両親には不評であった。そんな失敗をくり返した結果、我が家なりの温泉宿選考基準というものができた。
まずは、お風呂が大きく、露天風呂が必ずあること。部屋が二間以上あること。マッサージチェアがあること。料金は¥25,000以内であること。普通はこの他に料理にこだわるのだが、大きなお風呂があり、二間以上の広い部屋がある旅館であれば、料理はたいてい素晴らしい。料金を¥25,000以内と決めたのは、午後2時にチェックインして、翌日のお昼までしかいないのに、それ以上かける気がしないという、貧乏根性からである。料金の高くなる週末を外せば、この条件で、かなり素晴らしい温泉宿に泊まれることは実証済み。
『龍言』はそんな小野家ベストSELECTIONの中でも、かなり上位に入る旅館であった。空間に余裕のある、昔の家屋独特の安心感。柱の太さが、その歴史を物語っている。中越大地震の時も、びくともしなかったそうだ。すべて平屋造りというのも、その理由のひとつだろう。広い庭を取り囲むように棟が続いているので、お風呂に行くまで、廊下をトコトコとかなり歩かなければならないが、庭を眺めたり、池のカモたちに餌をやったりと、寄り道しながら歩くのが楽しいと、両親はご機嫌だった。私は、立派な杉の立ち並ぶ森の中にある、石で囲まれた露天風呂が気に入った。ちょっと、ローマの大浴場を思わせる優雅さがあり、森がライトアップされる夜もまた格別だった。
温泉はいい。大きいお風呂、空の見えるお風呂は最高である。親を温泉に連れて行く……なんてことを言いながら、実際には自分が楽しんでいたりするのも事実。そして、妹は私に輪を掛けた温泉好きと判明した。だいたい、学生のときから、頑張るとか、根性とかいうのが嫌いで、将来の夢はマンション経営などというぐうたら振りを既に発揮していたヤツなので、まったりとした温泉の空気は、まさにそのライフスタイルにピッタリなのだろう。
妹と私は、旅館に到着すると、中居さんの挨拶や説明もそこそこに、即浴衣に着替え、大浴場、それから露天やら何やらと、入れる風呂をはしごして、まず完全制覇する。そして夕食の後、再び温泉のフルコース。昼間と夜とでは趣が全然違うので、これがまた結構いけるのだ。もちろん、翌朝も早起きして、朝食前に朝風呂。妹は、たまに朝食を食べ、帰り支度する前に、また一浴びしたりしている。
そんなどん欲な入浴ペースに、母は笑いながらつき合い、父は
「よくまあ、そんなに入れるもんだなあ!」
と、呆れている。
「本当に、二人は温泉が好きだねえ」……って、これ、親孝行のはずじゃなかったんだっけ?
ま、こんな風にドタバタしながら、お風呂につかったり、畳に寝転がったりして、私たちの小さい頃の話や、最近頭にきたことなんかを話して笑って過ごす時間が、私には心地いい。両親もご満悦。温泉って、体もさることながら、コミュニケーションの溝を癒してくれる最高の場所なのではないでしょうか。
最後に、ここ数年行った温泉で、特にオススメの場所を教えます。
http://www.yakushi-hatago.co.jp
http://www.haseotei.com
子供の頃は、毎週家族揃って高尾山に山歩きに行ったり、奥多摩にキャンプに行ったりしていたものだが、私と妹が高校生になったあたりから、家族旅行なんて、全くしなくなっていた。家族で旅行するより、友達と行ったほうがず〜っと楽しいと思うようになったからだ。
20代の半ばで実家を出て一人暮らしするようになってからは、なおさらである。それどころか、実家には年に数回(お正月と夏ぐらい)しか顔を出さないし、海外取材に出かけるときしか電話もしない。たまに母親から「元気なの?」と電話があっても、「何? なんか用?」と、迷惑そうな口調。私は世に言う、親不孝なわがまま娘の典型であった。
しかし、それから20年ぐらいたったある時、親はいつまでも子供を守る強い存在ではないことに気が付いた。当たり前の話であるが、人は年老いていく。父親は定年を迎え、年金生活。いざとなれば助けてくれる、守ってくれるという存在が、ある時期から逆転した。これからは、私たちが見守ってあげる番。頼もしかった父の背中が小さくなったこと、歩くのが速くてついて行くのが大変だったのに、今はこちらがゆっくり歩調を合わせていること、母親の耳が少し遠くなったこと……跳ねっ返りのわがまま娘にも、そんな現実がリアルに突きつけられ、チクリと胸が痛んだ。
そこで一念発起。親孝行なんて言うと嘘くさいので、妹と相談して、両親のためのイベントを作ることにした。名付けて『家族揃って温泉旅行大作戦』。そんな大袈裟なタイトル付けんでも、そんなもんどこでもやっとるわい! という話だが、我が人生に於いては、画期的な出来事だった。最初は、仕事柄情報に明るい私が、雰囲気のよい温泉を雑誌で調べ、修学旅行という大旅行団を仕切る教師という立場に乗じて、旅行代理店を鼻でこき使っている妹が、予約を取るという役割分担であった。しかし、私が忙しいので、最近では妹が企画から段取り、予約のすべてを行っている。
今年も、1月に伊豆の土肥温泉に行き、先月は、新潟の六日町温泉にある『龍言(りゅうごん)』という温泉旅館に行って来た。年老いた両親を連れての電車移動は大変なので、移動は車。と言っても、私の愛車は、速いだけが取り得で、同乗者にとっては乗り心地最悪のスポーツカーなので(このコラムの第32回参照)、妹のハリアーに4人で乗って出かける。
たいていが伊豆や群馬、栃木あたりの温泉ばかりで、新潟まで足を延ばすのは初めてだったが、関越自動車道を使えば、3時間で行けてしまう。群馬県の水上と新潟県の湯沢の県境にある、日本一長い『関越トンネル』(全長約11km)を通り抜けるという初体験もできた。トンネルを走っているということをうっかり忘れてしまうくらいに長いトンネルで、よくもまあこんなの掘ったなあと、思わず中島みゆきの『地上の星』を口ずさみたくなった。
バブル時にどかどか建てたのであろう、越後湯沢のオシャレなリゾートマンション群の谷間を走るというのもミラクルな体験で、今回の温泉旅行は、行きからかなり楽しめた。
六日町で高速を降り、妹が事前にチェックしておいた『へぎそば』を食べ、これまた妹が行きのルートとして決めていた農協に行って、南魚沼産のこしひかり10kgを買う。もちろん実家用。私は帰りに都内のどこかで降ろされ、電車で恵比寿まで帰らなければならないことを考えると、重たい米を買う気力はさすがにない。
『龍言』は、豪族の屋敷をそのまま旅館にしたということで、黒くどっしりとした佇まいと広い庭園が素晴らしく、趣のある旅館だった。
温泉のポイントは、どの旅館に泊まるかである。
最初の頃は、映画『失楽園』のロケ地として話題になった、堂ヶ島温泉の『小松ビューホテル』に行ったり、女性誌で一世を風靡した、伊豆大沢温泉の『大沢温泉ホテル』に泊まるという、あからさまなミーハー振りを発揮していた。『小松ビューホテル』には、映画のシーンにあった、屋上にある露天風呂からの夕景を夢見て行ったのだが、嵐のような天気だったので、夕日どころか、首までつかってないと震えてしまう有様だった。『大沢温泉ホテル』は、文豪が泊まったという、土蔵を改装した部屋に泊まったが、窓が少なく、息苦しいと、両親には不評であった。そんな失敗をくり返した結果、我が家なりの温泉宿選考基準というものができた。
まずは、お風呂が大きく、露天風呂が必ずあること。部屋が二間以上あること。マッサージチェアがあること。料金は¥25,000以内であること。普通はこの他に料理にこだわるのだが、大きなお風呂があり、二間以上の広い部屋がある旅館であれば、料理はたいてい素晴らしい。料金を¥25,000以内と決めたのは、午後2時にチェックインして、翌日のお昼までしかいないのに、それ以上かける気がしないという、貧乏根性からである。料金の高くなる週末を外せば、この条件で、かなり素晴らしい温泉宿に泊まれることは実証済み。
『龍言』はそんな小野家ベストSELECTIONの中でも、かなり上位に入る旅館であった。空間に余裕のある、昔の家屋独特の安心感。柱の太さが、その歴史を物語っている。中越大地震の時も、びくともしなかったそうだ。すべて平屋造りというのも、その理由のひとつだろう。広い庭を取り囲むように棟が続いているので、お風呂に行くまで、廊下をトコトコとかなり歩かなければならないが、庭を眺めたり、池のカモたちに餌をやったりと、寄り道しながら歩くのが楽しいと、両親はご機嫌だった。私は、立派な杉の立ち並ぶ森の中にある、石で囲まれた露天風呂が気に入った。ちょっと、ローマの大浴場を思わせる優雅さがあり、森がライトアップされる夜もまた格別だった。
温泉はいい。大きいお風呂、空の見えるお風呂は最高である。親を温泉に連れて行く……なんてことを言いながら、実際には自分が楽しんでいたりするのも事実。そして、妹は私に輪を掛けた温泉好きと判明した。だいたい、学生のときから、頑張るとか、根性とかいうのが嫌いで、将来の夢はマンション経営などというぐうたら振りを既に発揮していたヤツなので、まったりとした温泉の空気は、まさにそのライフスタイルにピッタリなのだろう。
妹と私は、旅館に到着すると、中居さんの挨拶や説明もそこそこに、即浴衣に着替え、大浴場、それから露天やら何やらと、入れる風呂をはしごして、まず完全制覇する。そして夕食の後、再び温泉のフルコース。昼間と夜とでは趣が全然違うので、これがまた結構いけるのだ。もちろん、翌朝も早起きして、朝食前に朝風呂。妹は、たまに朝食を食べ、帰り支度する前に、また一浴びしたりしている。
そんなどん欲な入浴ペースに、母は笑いながらつき合い、父は
「よくまあ、そんなに入れるもんだなあ!」
と、呆れている。
「本当に、二人は温泉が好きだねえ」……って、これ、親孝行のはずじゃなかったんだっけ?
ま、こんな風にドタバタしながら、お風呂につかったり、畳に寝転がったりして、私たちの小さい頃の話や、最近頭にきたことなんかを話して笑って過ごす時間が、私には心地いい。両親もご満悦。温泉って、体もさることながら、コミュニケーションの溝を癒してくれる最高の場所なのではないでしょうか。
最後に、ここ数年行った温泉で、特にオススメの場所を教えます。
薬師温泉『旅籠』
浅間隠温泉郷最奥の温泉で、源泉をもつ一軒宿。茅葺きの古民家を移築した建物、古民具や骨とうの家具に囲まれた、ものすご〜く雰囲気のある旅館である。群馬県のかなり山奥だけに、6つあるお風呂は、どれも外の景色が堪能できる。中でも私が気に入っているのは、目の前を流れる温川(ぬるかわ)の滝を見ながら入れる、半露天の『滝見の湯』。夜なんか、滝がライトアップされて、雰囲気は抜群! 何度か行っているのだが、一度台風が近づいているときに行ったときは、川の水かさが恐ろしいほど増し、滝も川も、ゴーゴーと恐ろしい勢いで、夜なんか、お風呂ごと流されるんじゃないかというくらいの大スペクタクルだった。http://www.yakushi-hatago.co.jp
梨木温泉『はせを亭』
群馬県の桐生市にある温泉。温泉ももちろんいいのだが、何と言っても部屋がすばらしい! とにかく広い! 部屋は6室しかなく、間取りは12畳+10畳+10畳にヒノキ風呂と露天風呂付き……といった具合。大浴場もあるが、各部屋にお風呂が付いているというのがここの売り。また、42インチのプラズマテレビにマッサージチェア、冷蔵庫の飲み物やハーゲンダッツのアイスクリームはすべてフリー。コーヒーメーカーまであるというサービスのよさである。とにかく部屋が広く、紅葉の眺めが素晴らしいので、両親はこの温泉がいちばんのお気に入りらしい。雉の養殖園も経営しているので、ヘルシーな雉料理もおいしい。http://www.haseotei.com