よりどりみどり〜Life Style Selection〜


小野家の天然水

今年は、ああ春だな〜、という感慨にふける暇もなく、いつの間にやら梅雨に突入してしまった。ジメジメしたこの季節が好きな人は、あまりいないだろう。私が知る限りでは、Gacktぐらいかな。彼は常日頃から「雨が降ると、車をオープンにして走りたくなる」とか、「梅雨時のウエットな肌は気持ちいい」などと公言している変なヤツなのだ。湿度の高い沖縄出身だからかなあ? とも思うのだが、私の親友のY子だってバリバリの沖縄っ子だけど、梅雨は大嫌いだと言っている。

私も、梅雨は大大だ〜い嫌い!! ジメジメもさることながら、毎日傘を持って出かけなければならないのが、まずうっとうしい。靴だって、濡れてもいい、雨用の安物しかはけない(まるで普段は高級な靴をはいてる様な言いぐさですが……)。ざんざん降りだったら、裾から雨が浸みるので、パンツでは出かけられない。髪の毛は、湿気で膨れあがる。打ち合わせなんかで、一日にあちこち移動しなければならない日は、それだけで憂鬱になる。とにかく、梅雨は嫌いです!

しかし、この梅雨がきちんとやってこないと、夏が大変なことになるのだ。そう、水不足。私の生まれ育った小平は、自転車で30分ぐらいのところに、多摩湖があり、ここには東京都の水瓶と言われる村山貯水池がある。秋などは、水をたたえた湖面に周りの紅葉した木々が映り、とてもきれいなところである。子供の頃、よく遊びに行ったが、夏に湖面がぐ〜んと下がって、水位を示すメモリがいくつも見えているときは、「あっ! 水がない!」と、子供心にも不安になった。

実際、私が子供の頃は、夏のまっただ中、よく断水になった。昔は雨が少なかったというのではなく、貯水技術が今より低かったからだろう。

断水の知らせがあると、各家庭が一斉に水を汲み置きする。だいたい、今みたいに水がペットボトルで売られたりしていない時代である。飲み水確保は、家庭の深刻な問題だった。みんな、バケツやお風呂にいっぱい水を汲み置きしたんじゃないのかな? ……と、ここでいきなり他人事のような口ぶりになって、いや、申し訳ない! 実は、うちはこの断水の被害をまともに受けずにすんでいたのである。

なんと、小野家には、井戸があったのだ!

都下とはいえ、東京都。しかも芝生と植物でいっぱいの庭(第60回参照)に井戸ってどういうこと? と思うかも知れないが、これは本当の話。私の実家は、小平の地主だった祖父から父親がゆずり受けた土地に建っているのであるが、土地をゆずり受けた時点で、既に井戸があったらしい。

庭の片隅にある、古い井戸……キャ〜〜〜! 貞子〜〜! いやいや、井戸と言っても、貞子が出てくる、あの石でできた上の部分はとっくになくなっていて、ただ掘った穴が残っていただけだ。その上に分厚い板がかぶせられ、私たち子供は「危ないからあそこに乗っちゃだめよ!」とキツ〜ク言い含められていた。我が家のデンジャラスゾーンだったわけだ。

ところがその井戸。ある日父親がのぞいたら、暗〜い縦長の穴の奥に、キラリと光るものがあった。紛れもない水である。そう、まだ涸れていなかったのだ、この井戸。この瞬間、父親の目もキラリと光った。

「この井戸、まだ使えるな」

それから父親は、バケツにロープを縛り付け、井戸の底に投げ入れた。まだ2〜3歳だった私は、近づいてはいけないと言われていたので、井戸の中をのぞき込みたい好奇心をグッと抑えて、遠巻きに父親の作業を見守った。

汗だくになって父親が引き上げたバケツには、水がなみなみと入っていた。こんな土の奥から汲んだ水なのに、すごく澄んできれいなのが不思議だった。しかも、手を入れると、冷蔵庫の水のように冷たかった。

「うん! やっぱりこれは使えるな!」

父親は満足げだった。
その後の成り行きはよく覚えていないが、数日後から工事の人が入り、モーターが取り付けられ、1か月後には、モーターで汲み上げる井戸が完成していた。浄化装置とか、殺菌とかはどうしてたのだろう? と、今思えば謎も多いが、取り敢えず、私を始め小野家全員、今もピンピンしているので問題はない。

その井戸が、真夏の断水のときに役に立った。貯水池が涸れるくらいだから我が家の井戸も、水の量は少なくはなっていたのだろうが、日々の暮らしには充分間に合った。それどころか、近所の人たちに毎日分けてあげていたので、割烹着姿のおばさん達が数人、毎朝バケツ片手に(いや、両手だったかな?)訪ねてきた。父親は教師だったので、夏は夏休みで毎日家におり、この井戸水分配作業を、一人で仕切っていた。まさにご近所のヒーロー。我が父ながら、いい人だ。

そんな井戸も、その内使わなくなってしまった。汲み上げる時のモーター音がけたたましくうるさい、というのも理由の一つだった気がする。それでも、時々そっとのぞいて、石を投げ込むと、奥のほうから「ポチャン!」という音がしていたので、結構いい水脈があったのではないかと思う。もちろん、今では埋められ、庭のどのあたりにあったのかも定かではない。

井戸から汲んだばかりの水は、冷たくて美味しかった。でも、小学生のとき、体育の授業の後、校庭の手洗い場の蛇口を上向きにしてグビグビ飲んだ水も、メチャメチャ美味しかった。中学の頃は、この蛇口を上向きにしないで、蛇口の下に首を突っ込んで水を飲む、運動部の男の子達がカッコよく見えた。

今、こんなときの飲み水は、ほとんどペットボトル入りのミネラルウオーターだ。仕事で海外に行き始めた頃、外国の水はよくないからミネラルウオーターしか飲んではいけないと言われ、なんて面倒なんだろう……と思ったものだが、あっと言う間に日本も同じになった。と言っても、日本の水道水が飲めないわけではなく、健康ブームで、ミネラルを含む水が人気を呼んだのだろう。

川や山のある地方に比べ、東京都の水はマズイというイメージがあるが、塩素臭い水道水なんて、昔の話。今は、都の浄水局も頑張っていて、高度浄水施設の導入により、安全で美味しい水を盛んにアピールしている。その宣伝のために、水道水をわざわざペットボトルに詰めて、『東京水』という名で配布するキャンペーンもやってるらしい。何だか変な話である。ペットボトル入りであれば美味しいという、勝手な思いこみが消費者の中にあるからだろう。

こんなことを書いている私も、飲むのは『コントレックス』、お茶やコーヒー、料理に使うのは、毎月鹿児島県垂水温泉から届く、天然アルカリイオンのクロレラ温泉水『杜の生命泉(もりのいずみ)』という生活になってしまった。『コントレックス』は、硬度の高いミネラルウオーターで、カルシウムやマグネシウムの含有率が高く、“ダイエットに効く水”などと言われているが、私は、かなりクセのあるしっかりした味が気に入ってしまったから愛飲している。グビグビ飲むのは絶対にこれに限る!  以前は1カートン4000円以上する高級品だったけど、平行輸入により今はその半額以下で手に入るのもうれしい。

『杜の生命泉(もりのいずみ)』は、アルカリイオン水なので、コーヒーだとかお茶の味の出方がダントツに違う。普通の水よりよく味が出るのだ。『コントレックス』にせよ『杜の生命泉(もりのいずみ)』にせよ、贅沢な話であり、東京都の水でも何の問題もないでしょ! と言われると耳が痛い。

地元の水を飲み、季節ごとに地元で採れた新鮮なものを食べる……食に於ける『スローフード』の考え方が広まりつつある今、健康的な暮らし方って、いったいどういうことなんだろうと、考え直す必要があるのかもしれない。特に、父親の汲んだ井戸水や、校庭の水道の水に、心地よい思い出を持つ私たちの世代は……。

『杜の生命泉(もりのいずみ)』 http://www.kenkounomori.co.jp/km-tarumizu.html
『東京水』 http://www.tokyo-sui.jp/