「ねえ、明日から二人でどっか行かない?」
木曜日の朝、突然親友のY子から電話があった。このあわただしい月末に何を馬鹿なことを言ってるんだろう。しかし、Y子の口調はいつになくシリアスだった。
「私、もう限界! どこかで息抜きしないと体がボロボロになりそうだよ」
確かに8月に入ってから仕事が忙しく、精神的にも肉体的にも私たちは疲れ切っていた。現にY子は数日前から頭痛と、肩こりと、眼球の痛みと、胃炎にのたうち回っていた。私の肝臓と腎臓の疲れもストレスから来ていると、QOLドック(このコラムの第48回参照)で診断されていたっけ。
Y子の悲痛な声に、私もだんだんその気になってきた。そうなのだ! 私たちには気分転換が必要なのだ! 無理してでもリセットしなきゃ! よし、二人で失踪しちゃおう!
話はすぐに決まった。プチ失踪の決行は金、土の2日間だ。たった2日かよ! いいのいいの。それでも、この1年全く仕事から解放されるということのなかった私たちにとっては、ときめきの2Daysである。魅惑の逃避行なのである(女二人だけど)。
当然だが、海外は考えられない。ってことは、温泉にする? それともスパのあるリゾート? 美味しいモノが食べられて、ダラダラできるとこがいいよね〜。そんな話をしているだけで、滞っていた血液が体内をスムーズに流れ初めている感じがした。よっしゃあ! パ〜ッと行こう! パ〜ッと!
しかし、改めてカレンダーを見て愕然とした。今週末って、8月最後の週末、夏休み最後の週末じゃん! そんな時期に、居心地のいい温泉宿や快適なスパリゾートの予約が取れるわけがない。空いているとしたら、よっぽど人気のない地味な所しか考えられない。実際にインターネットで調べてみたら、どこも満室。よっぽど人気のないところまで埋まっているという、最悪の状況だった。
「じゃあ、都内の素敵なホテルに泊まろう!」
このへんの切り替えは早い私たち。ではいったいどのホテルにするか……。現実逃避するには、日常から解放してくれる異空間的雰囲気のある、かなりソフィスティケートされたホテルでなければならないのだ。いかにも日本的でちまちましたプリンス系とか、京王プラザなんかじゃいけないのだ。
「グランドハイアットはやめてね」
とY子。彼女の住むマンションはグランドハイアットのある六本木ヒルズの目の前である。
「ウエスティンもやめてね」
と私。私のマンションは、ウエスティン東京まで5分だ。
帝国ホテルなんて地味だし、フォーシーズンズは場所がイマイチ。パークハイアットは眺めはいいけど、撮影や打ち合わせで何回も行ってるしな〜。煮詰まりかけたとき、はたと最近ミュージシャンの友達が、汐留にできた「コンラッド東京」に泊まって、なかなかよかったと言っていたのを思い出した。恐る恐る予約の空きを調べてみると、な〜んと、金曜日の夜だけツインが空いているではないか。しかも、浜離宮が目の前の海側の部屋が。
「よし、じゃあ予約しておくね!」
さっそく私が電話をかけ、予約完了! 金曜日の午後、新宿で打ち合わせが終わるY子を、私が車で迎えに行くことで話は決まった。それなのに、その日の夕方、携帯にY子からのメール。
「明日の宿泊先はどこですか? Y子」
ん? 朝あんなに盛り上がって決めたのに、どういうこっちゃ? びっくりして返信すると、
「なんかいろんなホテルの話をしたから、わからんなった!」
という返事。ヤバイ! ヤバイ! 早くリフレッシュしないと、Y子はそろそろボケまで始まってるゾ〜〜!
明け方に台風が通り過ぎたおかげで、プチ失踪の日は太陽が照りつける真夏日だった。新宿でY子をピックアップして、いざ新橋へ。いつも通っている日比谷通りの景色も、なんだか今日は違って見える。
汐留の電通ビルの向かいに7月にオープンしたばかりの「コンラッド東京」は、ヒルトンホテルの最上級ランクのホテルである。車を地下の駐車場に止め、1階に上がると、「フロントは28階になります」と、黒いスーツ姿の女性スタッフが素早く私たちの荷物を受け取り、ホテル専用のエレベーターで案内してくれた。ちなみに、37階建ての建物の28階から上がホテルで、その下27階までは、かの「ソフトバンク株式会社」が入っているのだそうだ。
「こんなビルの27階までソフトバンクなんて、悔しくない?」
お前らいい加減にしろよ! ってくらい分不相応なライバル心を燃やす私たち。ダメダメ! 今日は仕事は抜きよ!
28階でエレベーターを降りると、素晴らしく天井の高い気持ちのいいロビーが目の前に現れる。浜離宮側が全面ガラス貼りなので明るく、眺めも最高である。それだけで、肩から疲れがス〜ッと抜けていくのがわかる。天井の高い空間は心を軽くし、差し込む光は心にエネルギーを注ぎ込むのだ。
チェックインカウンターは磨りガラスになっていて、その下でパソコン操作をするので、こちらからは何も見えない。後ろにボトルでも並んでいれば、まるでバーカウンターのようだ。スタッフの制服も、いかにもボーイ、いかにもフロントマンのあれではなく、高級ブティックの店員風の黒のスーツ。それが重くなく、周りの雰囲気に馴染んでいる。
私たちの部屋は32階にあった。廊下の天井も高く、扉が木なので落ち着きがある。そして、その扉を開けて中に入ると、フローリングのエントランスがあり、その先に広がる、明るい木立をモチーフにした絨毯敷きの室内には、窓から溢れんばかりの光が満ちていた。窓のすぐ下には浜離宮、そして晴海やお台場やレインボーブリッジが、空と海の間に浮かんで見える。
「わ〜〜! 気持ちいいね〜〜!」
ハワイの海辺のホテルに着いたときのように、私たちは思わず叫んだ。室内はごてごてした飾り付けは一切なくスッキリとしていた。要所要所にマホガニー調の木を配し、和のテイストも折り込んだインテリアが落ち着く。窓の幅いっぱいのソファは、絶妙のポジションに肘置きがあって、ぼ〜っと景色を眺めるのに最高のセッティング。黒いタイル貼りのバスルームは広々としていて、独立した足つきの白いバスタブが置いてある。大きな丸い鏡、磨りガラスの扉で区切られたトイレとシャワールーム。どれも、日本のホテルではお目にかかれない、なかなかのセンスだった。
私がバスルームで感動している頃、Y子はベッドに寝そべって、かかってきた携帯の電源をブチッと切った。彼女は周りに、この2日間人間ドックに入ると言って逃亡してきたそうだ。私は地方に出張に行き、夜中まで取材があるという口実で脱走してきた。そうでもしないと、どこにいても携帯でつかまってしまう。
Y子がリモコンで、壁にある37インチのプラズマテレビのスイッチを入れ、チャンネルをCNNに合わせる。とたんにBGMのごとく英語が溢れ、海外旅行に来た雰囲気になった。自宅から車で30分の場所なのに、この部屋はすっかり私たちを現実から切り離してくれた。コンラッドにしたのは大正解だった。
夜景もまた格別だった。だから、高い天井の上までワインセラーになっている、ホテル内のモダンなチャイナレストランでのディナーには、3時間もかけた。夜9時ぐらいのラウンジには、絵に描いたようなバカ青年実業家が、化粧の厚いお姉さんを数人侍らせてふんぞり返っていたりして、こらえきれずに思わず爆笑。いつもだったらムカつくことが、なぜか笑い飛ばせた。
地下のショッピングモールのコンビニでスナックを買い込み、天井からシャワーが降り注ぐ「レインシャワー」にはしゃぎながら汗を流し、二人お揃いのバスローブでベッドにごろごろしながら、今ハマっている『ドラゴン桜』を見る。いいぞ、いいぞ、阿部寛〜! そして、TSUTAYAで借りてきた『Ocean's12』を観ている途中で、Y子は爆睡し、私も後を追った。
朝は8時起きで、さっそく朝食を食べにレストランへ。このホテルには、ロンドンの三つ星レストランのシェフ、ゴードン・ラムゼイがプロデュースするレストランが2つあり、その一つで朝食が食べられる。1品料理をセレクトし、あとはビュッフェッスタイルだが、その内容はやはり格別であった。ベーコンは塩分控えめだし、コーヒーもおいしい。そこらへんの芸のないホテルの朝食とは大違いだ。ああ、幸せ! でもって、ちょっと食べ過ぎ……。
泡だらけのバスタブでマリリン・モンロー気分に浸り、ゆっくりと身支度して、私たちはチェックアウトした。そして、これまたすぐ近くの築地で極上の寿司を堪能し、どうせここまで来たらと、すぐ隣の月島でデザートにもんじゃ焼きを食べ、ソースのニオイを漂わせながら、暗くなる頃やっと家路についた。
他人から見れば、近場で何やってんの? という感じだろうが、私たちには極上のリゾート気分の2日間だった。ResortとはRe-sort……本来の品質を取り戻すことを語源としているという。そう、私たちは逃げ出したかったのではなく、取り戻したかったのだ。元気な自分、本来の自分自身をね。
そして翌日から次なるプチ失踪に備えて、私たちは積み立てを始めたのだった。
『コンラッド東京』 http://www.conradtokyo.co.jp/
木曜日の朝、突然親友のY子から電話があった。このあわただしい月末に何を馬鹿なことを言ってるんだろう。しかし、Y子の口調はいつになくシリアスだった。
「私、もう限界! どこかで息抜きしないと体がボロボロになりそうだよ」
確かに8月に入ってから仕事が忙しく、精神的にも肉体的にも私たちは疲れ切っていた。現にY子は数日前から頭痛と、肩こりと、眼球の痛みと、胃炎にのたうち回っていた。私の肝臓と腎臓の疲れもストレスから来ていると、QOLドック(このコラムの第48回参照)で診断されていたっけ。
Y子の悲痛な声に、私もだんだんその気になってきた。そうなのだ! 私たちには気分転換が必要なのだ! 無理してでもリセットしなきゃ! よし、二人で失踪しちゃおう!
話はすぐに決まった。プチ失踪の決行は金、土の2日間だ。たった2日かよ! いいのいいの。それでも、この1年全く仕事から解放されるということのなかった私たちにとっては、ときめきの2Daysである。魅惑の逃避行なのである(女二人だけど)。
当然だが、海外は考えられない。ってことは、温泉にする? それともスパのあるリゾート? 美味しいモノが食べられて、ダラダラできるとこがいいよね〜。そんな話をしているだけで、滞っていた血液が体内をスムーズに流れ初めている感じがした。よっしゃあ! パ〜ッと行こう! パ〜ッと!
しかし、改めてカレンダーを見て愕然とした。今週末って、8月最後の週末、夏休み最後の週末じゃん! そんな時期に、居心地のいい温泉宿や快適なスパリゾートの予約が取れるわけがない。空いているとしたら、よっぽど人気のない地味な所しか考えられない。実際にインターネットで調べてみたら、どこも満室。よっぽど人気のないところまで埋まっているという、最悪の状況だった。
「じゃあ、都内の素敵なホテルに泊まろう!」
このへんの切り替えは早い私たち。ではいったいどのホテルにするか……。現実逃避するには、日常から解放してくれる異空間的雰囲気のある、かなりソフィスティケートされたホテルでなければならないのだ。いかにも日本的でちまちましたプリンス系とか、京王プラザなんかじゃいけないのだ。
「グランドハイアットはやめてね」
とY子。彼女の住むマンションはグランドハイアットのある六本木ヒルズの目の前である。
「ウエスティンもやめてね」
と私。私のマンションは、ウエスティン東京まで5分だ。
帝国ホテルなんて地味だし、フォーシーズンズは場所がイマイチ。パークハイアットは眺めはいいけど、撮影や打ち合わせで何回も行ってるしな〜。煮詰まりかけたとき、はたと最近ミュージシャンの友達が、汐留にできた「コンラッド東京」に泊まって、なかなかよかったと言っていたのを思い出した。恐る恐る予約の空きを調べてみると、な〜んと、金曜日の夜だけツインが空いているではないか。しかも、浜離宮が目の前の海側の部屋が。
「よし、じゃあ予約しておくね!」
さっそく私が電話をかけ、予約完了! 金曜日の午後、新宿で打ち合わせが終わるY子を、私が車で迎えに行くことで話は決まった。それなのに、その日の夕方、携帯にY子からのメール。
「明日の宿泊先はどこですか? Y子」
ん? 朝あんなに盛り上がって決めたのに、どういうこっちゃ? びっくりして返信すると、
「なんかいろんなホテルの話をしたから、わからんなった!」
という返事。ヤバイ! ヤバイ! 早くリフレッシュしないと、Y子はそろそろボケまで始まってるゾ〜〜!
明け方に台風が通り過ぎたおかげで、プチ失踪の日は太陽が照りつける真夏日だった。新宿でY子をピックアップして、いざ新橋へ。いつも通っている日比谷通りの景色も、なんだか今日は違って見える。
汐留の電通ビルの向かいに7月にオープンしたばかりの「コンラッド東京」は、ヒルトンホテルの最上級ランクのホテルである。車を地下の駐車場に止め、1階に上がると、「フロントは28階になります」と、黒いスーツ姿の女性スタッフが素早く私たちの荷物を受け取り、ホテル専用のエレベーターで案内してくれた。ちなみに、37階建ての建物の28階から上がホテルで、その下27階までは、かの「ソフトバンク株式会社」が入っているのだそうだ。
「こんなビルの27階までソフトバンクなんて、悔しくない?」
お前らいい加減にしろよ! ってくらい分不相応なライバル心を燃やす私たち。ダメダメ! 今日は仕事は抜きよ!
28階でエレベーターを降りると、素晴らしく天井の高い気持ちのいいロビーが目の前に現れる。浜離宮側が全面ガラス貼りなので明るく、眺めも最高である。それだけで、肩から疲れがス〜ッと抜けていくのがわかる。天井の高い空間は心を軽くし、差し込む光は心にエネルギーを注ぎ込むのだ。
チェックインカウンターは磨りガラスになっていて、その下でパソコン操作をするので、こちらからは何も見えない。後ろにボトルでも並んでいれば、まるでバーカウンターのようだ。スタッフの制服も、いかにもボーイ、いかにもフロントマンのあれではなく、高級ブティックの店員風の黒のスーツ。それが重くなく、周りの雰囲気に馴染んでいる。
私たちの部屋は32階にあった。廊下の天井も高く、扉が木なので落ち着きがある。そして、その扉を開けて中に入ると、フローリングのエントランスがあり、その先に広がる、明るい木立をモチーフにした絨毯敷きの室内には、窓から溢れんばかりの光が満ちていた。窓のすぐ下には浜離宮、そして晴海やお台場やレインボーブリッジが、空と海の間に浮かんで見える。
「わ〜〜! 気持ちいいね〜〜!」
ハワイの海辺のホテルに着いたときのように、私たちは思わず叫んだ。室内はごてごてした飾り付けは一切なくスッキリとしていた。要所要所にマホガニー調の木を配し、和のテイストも折り込んだインテリアが落ち着く。窓の幅いっぱいのソファは、絶妙のポジションに肘置きがあって、ぼ〜っと景色を眺めるのに最高のセッティング。黒いタイル貼りのバスルームは広々としていて、独立した足つきの白いバスタブが置いてある。大きな丸い鏡、磨りガラスの扉で区切られたトイレとシャワールーム。どれも、日本のホテルではお目にかかれない、なかなかのセンスだった。
私がバスルームで感動している頃、Y子はベッドに寝そべって、かかってきた携帯の電源をブチッと切った。彼女は周りに、この2日間人間ドックに入ると言って逃亡してきたそうだ。私は地方に出張に行き、夜中まで取材があるという口実で脱走してきた。そうでもしないと、どこにいても携帯でつかまってしまう。
Y子がリモコンで、壁にある37インチのプラズマテレビのスイッチを入れ、チャンネルをCNNに合わせる。とたんにBGMのごとく英語が溢れ、海外旅行に来た雰囲気になった。自宅から車で30分の場所なのに、この部屋はすっかり私たちを現実から切り離してくれた。コンラッドにしたのは大正解だった。
夜景もまた格別だった。だから、高い天井の上までワインセラーになっている、ホテル内のモダンなチャイナレストランでのディナーには、3時間もかけた。夜9時ぐらいのラウンジには、絵に描いたようなバカ青年実業家が、化粧の厚いお姉さんを数人侍らせてふんぞり返っていたりして、こらえきれずに思わず爆笑。いつもだったらムカつくことが、なぜか笑い飛ばせた。
地下のショッピングモールのコンビニでスナックを買い込み、天井からシャワーが降り注ぐ「レインシャワー」にはしゃぎながら汗を流し、二人お揃いのバスローブでベッドにごろごろしながら、今ハマっている『ドラゴン桜』を見る。いいぞ、いいぞ、阿部寛〜! そして、TSUTAYAで借りてきた『Ocean's12』を観ている途中で、Y子は爆睡し、私も後を追った。
朝は8時起きで、さっそく朝食を食べにレストランへ。このホテルには、ロンドンの三つ星レストランのシェフ、ゴードン・ラムゼイがプロデュースするレストランが2つあり、その一つで朝食が食べられる。1品料理をセレクトし、あとはビュッフェッスタイルだが、その内容はやはり格別であった。ベーコンは塩分控えめだし、コーヒーもおいしい。そこらへんの芸のないホテルの朝食とは大違いだ。ああ、幸せ! でもって、ちょっと食べ過ぎ……。
泡だらけのバスタブでマリリン・モンロー気分に浸り、ゆっくりと身支度して、私たちはチェックアウトした。そして、これまたすぐ近くの築地で極上の寿司を堪能し、どうせここまで来たらと、すぐ隣の月島でデザートにもんじゃ焼きを食べ、ソースのニオイを漂わせながら、暗くなる頃やっと家路についた。
他人から見れば、近場で何やってんの? という感じだろうが、私たちには極上のリゾート気分の2日間だった。ResortとはRe-sort……本来の品質を取り戻すことを語源としているという。そう、私たちは逃げ出したかったのではなく、取り戻したかったのだ。元気な自分、本来の自分自身をね。
そして翌日から次なるプチ失踪に備えて、私たちは積み立てを始めたのだった。
『コンラッド東京』 http://www.conradtokyo.co.jp/