よりどりみどり〜Life Style Selection〜


ケバだらけの純情

雑誌や広告関係の世界でずっと生きてきた私が、親友のY子と一緒に、オーガニックコットンのライフスタイルブランド『beluga』を始めたのは、かれこれ4年前のことだった。チャリティ・ライセンスの仕事をしていたY子が、ひょんなことからオーガニックコットンという素材と出会い、

「私はこの素材に人生を賭ける! これまでのチャラチャラした生き方とは決別するわっ!!」

と、いきなり本腰を入れてしまったのがきっかけだった。その目の輝きときたら、いつも不必要に桁数の多い電卓を持ち歩き、

「ねえねえ、これ○掛けで1000個売れれば○円儲かっちゃうわよ! どう?」

と、トラタヌ(獲らぬ狸の皮算用)でぬか喜びしていた彼女からは考えられない、決意に満ちた“純粋な”ものであった。

確かにいろいろ調べてみると、オーガニックコットンという素材は、もっとファッションの世界や日常生活の中に取り入れられていいはずのものに思えた。しかし、それまでの私が抱いていたイメージがそうであったように、どうも「自然食主義のうんちくオバンの愛用品」と思われている節がある。素敵なライフスタイルとか、クールなファッションとはほど遠い、ダサくて地味なイメージだった。

しかし、いまだ誰もオーガニックコットンとファッション性を結びつけて考えていなかったということは、私たちにとっては、ある意味チャンスである。よっしゃ! じゃあ、やりますか! ということで、私たちは物づくりというモノが、どんなに大変かということを深く考えもせずに、大海原に漕ぎだしてしまった。

オーガニックコットンの良さが一目瞭然でわかるのがタオルだ。そのふんわり感といい、水の吸い取りの良さといい、他のものとは比べものにならない。もちろん、肌触りは抜群ときている。それまでタオルといえば、快気祝いやお返しでもらったイッセイ・ミヤケとかY's、ディオール、ラルフローレンを喜んで使っていた私であったが、一度オーガニックコットンのタオルの肌触りを経験したら、もうそれ以外は使えなくなってしまったくらいだ。私の周りの人間には、「このタオルに包まれると、幸せを感じる!」と言った人もいるくらいだ。

そんなにいいなら、タオルメーカーはみんなオーガニックコットンを使えばいいじゃない……確かに! しかし、実際には化学のりや漂白剤や化学染料を使ったタオルのほうが、たくさん出回っている。なぜ? 答えは簡単である。オーガニックコットンでタオルを作るのは、とっても面倒くさいのである。

例えば、綿のカスを取り除くのに化学処理をしないので、毛羽が出る。綿花に含まれる自然の油分を取り除くのにも、薬品を使わないと時間がかかる。その上、化学染料を使えないので、草木染めの染料を使わなければならない。つまり、機械や化学薬品を使うことで、時間とコストダウンを図ったもの作りの発想では、とうてい作れない、面倒くさいものなのだ。

しかし、我々は考えた、“面倒くさい”は、努力で解決できる。毛羽だって、油分だって、時間をかければ取り除けるらしい。だったらかけましょうよ。色に制約があるなら、デザインで頑張ったら? 面倒だからとみんながやらなかったことを、平然とやっちゃえば、いいものができるじゃない! 進め〜、21世紀のフロンティア〜〜〜っ!!

そして、ついに試作品が上がってきた。厚みといい、柔らかさといい、この至福の手触りは思った通り。ただ、やはりちょっと抱えただけで、衣服に毛羽が付く。すぐに工場に問い合わせてみると、1度洗濯すれば、次からは問題ない、という返事だった。なるほど! 確かに普通のタオルでも、1度水通ししないと、吸水が悪かったりするもんね、そうね、そうね。

その晩、さっそくできたてのタオルを使ってみることにした。水通しをすれば毛羽が出なくなるということで、いきなりドラム式の洗濯機に放り込む。オーガニックコットンのタオルは、手洗いで乾燥機はNGというのが常識だけど、毎日使うタオルは、洗濯機でガンガン洗いたい。だから、まずはガンガン洗っちゃう……というのが私たちのテストの仕方。荒っぽいけど、みんなに普通に使ってもらいたいからだ。そして待つこと数10分、ブザーが鳴って、ふんわりタオルの出来上がり!

しかし、洗濯機からバスタオルを出したとき、一瞬目を疑った。扉を開けたとたんに舞い上がる毛羽、けば、ケバ……。それは、あっとい言う間に洗面所に広がり、その量ときたら、思わずくしゃみが出たほどだった。体によいはずのオーガニックコットンでアレルギー性鼻炎なんかになったら、シャレにならないぜ、全く。

タオルで体を拭けば、体も毛羽だらけ。おまけに、水の吸い取りがちっともよくない。これじゃあ、話が違いすぎる! いや、待てよ。もう1度洗えば、夢のような使い心地に生まれ変わるかも……と、気を取り直して、再び洗濯機の扉を開けた。と、洗濯漕の中に、何やら毛羽まみれの物体があるではないか! 恐る恐る引っ張り出してみると、朝、洗濯しようと思って放り込んでおいた白地に紺のボーダー柄のTシャツ……らしきものだった。それは、呆れるくらいに毛羽で覆われ、柄も定かでないほどの悲惨な状態だったのだ。ダメもとでガムテープでぺたぺたやってみたが、生地の中まで毛羽が入り込んでいて、完璧に取り除くのは無理そうだった。確かに気づかなかった私も悪いが、このタオルが、自分のところの商品でなかったら、絶対翌日怒鳴り込んでいたことだろう。間違いない!

ハッキリ言って大ピンチだった。4〜5回洗っても毛羽は完全に取れず、吸い取りもよくならない。こんなのダメじゃん! 結局数日格闘した結果、使い物にならないタオルと、毛羽だらけのTシャツと、洗濯機の糸くずストッパーに溜まった饅頭大の毛羽の塊を並べて、深刻なミーティングが開かれた。

問題点を並べて、工場に問い正す。何度か「この素材はこういうものだからしょうがない」というたわけた返事が返ってきた。何〜〜? しょうがないだと〜〜? 納得できないのでさらに問い正したところ、製造工程で今の倍ぐらいの時間をかけてぬるま湯にタオル地を浸せば、毛羽も油分も除去できるのに、生産スピードがコストに合わないということで、早めに上げてしまったのだと白状した。そう、我慢が足りなかったのである。根性がなかったのである。やればできることをやらなかったってこと。

今から3年前の出来事だ。それからまた、新しい工場探しと試作品作りを繰り返し、現在は毛羽もなく手触りも吸い取りも、どこにも負けないタオルが店頭に並んでいる。『beluga』の商品と、もの作りの姿勢に共感して、生地メーカーや染色屋さんたちがいろいろ協力してくれるようにもなった。私たちの我慢と根性と努力のたまものである。

しかし、あのときケバだらけにしたTシャツだけは、今でも悔やまれる。あれ、結構気に入ってたんだよな〜……。