Kimono Master 山龍の和-ism指南

Kimono Master 山龍
Kimono Master 山龍

第9回 着物ライフ夏の陣

袷(あわせ)から単衣(ひとえ)に

初めて私が着物を作ったのは、去年の10月末だった。

「初心者は本真綿紬がエエで。軽くて、丈夫で、着崩れしないし、暖かい」

山龍の言葉通り、本真綿紬の着物は、私の2006〜2007秋冬コレクションの中で、大活躍した。気合いの入った帯と合わせたので、正に私の勝負服! これさえあれば、怖いものなし!……と思っていたのだが、ここに来て、“怖いもの”があることに気が付いてしまったのだ。“軽い”OK! “丈夫”最高! “着崩れなし”バッチリ! “暖かい”……うっ! 暑い!

そう、初夏を迎えたこの季節、暖かいというのはちっとも嬉しくなく、むしろものすごく暑いのである。おまけに、地球温暖化が叫ばれる昨今、4月でも間違えれば25℃を越える日があり、春みたいな、夏みたいな、でも春なのに、もう夏かよ! という具合に、春夏がシャッフル状態でやって来て、本真綿紬の裏付きの着物、いわゆる袷(あわせ)というやつでは、拷問のごとく暑くてたまらない。

「そりゃあ、本真綿じゃ暑いに決まっとるわ。ツイードのスーツ着とるようなもんやからな(笑)。5月になったら、単衣(ひとえ)を作らんとな」

単衣……つまり、裏の付いていない着物である。

着物というものが、私の日常のワードローブの中に、あまりに唐突に加わったので、着物は着物。私はそこに季節の違いなどまったく意識していなかったのだ。が、考えてみれば、着物ほど日本の四季を意識して作られたものはない。昔は、1年を四季の他に24節気に分けて、細やかな季節の移り変わりを感じ、それに合わせて着物も替えていたという。

春は2月4日の立春から始まり、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨、夏は5月始めの立夏から、小満、芒種、夏至、小暑、大暑、秋は8月始めの立秋から、処暑、白露、秋分、寒露、霜降、冬は11月始めの立冬から、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒、といった具合。秋分とか大寒などは知っているが、ほとんどは時候の挨拶などでしかお目にかからない言葉だ。だいたい旧暦の頃の話なので、今さら24節気などといわれても、何のこっちゃ? という感じである。そして、亜熱帯化しつつある今の日本にとっては、もはや、違う国の話。

「今は24節なんて知ってる人も少ないし、現代人は気にせんでエエよ。10月〜5月が袷、9月と6月が単衣、そして7月、8月が夏物が普通やな」

と、山龍の言葉に納得……ん? 単衣と夏物は、また違うのかいな?

夜討ち、ときどき棄権

一般的に、夏物の着物と呼ばれるものの中で、特に“うすもの”と呼ばれるのが、「紗(しゃ)」や「絽(ろ)」「羅(ら)」といった、網状の織物である。隙間のある穴の空いた織物だ。襦袢が透けて見えるので、それを意識した組み合わせのオシャレが基本だというが、正直私には、シースルーの着物なんて、あまり素敵に思えなかった。山龍も、真夏でも単衣で良しとする考え方だという。

「透ける織物は嫌いなんよ。何が嫌いいうてな。着たときに重なった部分だけ、メッシュが透けへんねん。胸元に合わせた部分が、遠くから見ると三角形に濃く見える。ホンマ、格好悪い……生地としてはきれいやけど着物として完成されてへんと、僕は思う。それだけ」

メッシュで涼しげでよいと見るかどうかは好きずきだろう。私は、山龍とまったく同感なので、うすものには目もくれず、さっそく単衣の着物を作ってもらった。

「渚」の単衣仕立て
「渚」の単衣仕立て
「渚」の単衣仕立て。白地にいろいろな色の糸を、手でランダムに織り込んで微妙な色合いの縞を描いた、上品でありながら、モダンな生地です。所々に、ネップという節のある糸を入れているので、生地に凹凸感があるのがまた素敵!
生地は「渚」と名付けられた、手織りのシャリッとした紬である。このコラムを読んでいる方はご存知のように、私は山龍に指南を受けて、まだ1年もたっていない新米着物ユーザーなので、織物を一目見て、「大島」だとか「結城」だとか見分けることもできないし、モノの善し悪しを見抜く目もない。ただ、風合い、素材感、色、デザインで、「素敵!」と感じる、本能的な感覚には自信がある。そして、自分が「素敵!」と思ったら、それの価値や格なんて関係ないとも思っている。まあ、和洋に関係なく、「素敵!」にはそれなりの理由があるものだけど。

「渚」は、試作品が上がって来たとき、私が一目見て「素敵!」と思った生地だった。張りのある素材感と、ランダムに入ったストライプの何ともいえない表情。そのままパリッとシャツに仕立てたら、高級ブランドのクチュールものの存在感を醸し出せそうな気がした。シャツで着たいのだから、単衣にはピッタリというわけだ。

この季節の着物には、襦袢もサラリと涼しい薄地の綿や麻でいいという。「リュックサック型のクーラーができたら、ナンボ出しても買う!」と常日頃からいっているくらい、暑いのが嫌いな山龍だから、夏場には襦袢にも寛大なのである。肌襦袢に至っては、タンクトップでもいいとまでいい切る。

さっそくタンクトップに綿の二部式(上下が分かれている襦袢)の薄い襦袢を買い込み、単衣に仕立てた「渚」で、いざ初陣! 初夏の日差しの中、袖を通り抜ける風も清々しく、裾捌きも軽やかに〜〜!

しかし、そんなはしゃいだ気分は、ほんの数分で消し飛んだ。

6月中旬だというのに、その日の東京の気温は28℃。信号2つ分ほど歩いたあたりで、体から汗がじんわりと吹き出してきた。特に、補正のタオルや伊達締め、帯板、帯で完全武装のお腹のあたりは、ほっかほかの蒸し立て饅頭の気分である。暑い! 着物は、思った以上に暑い!

気が付けば、通りかかったタクシーに手を挙げていた。

ハッキリいいます。今の時代、都会の夏を着物で乗り越えるのは至難の技です。クロップド・パンツに薄手の半袖チュニック、素足にサンダルの女の子が闊歩している中、重ね着して、手も足も出さず、腹巻き巻いて、足袋はいて……。これで勝てるわけがない。必勝法は、気温が10℃台に下がる夕方以降の外出=夜討ちか、エアコンの効いた車でドアtoドアの、お姫様作戦しかあり得ません。そして、30℃を越えた真夏日は、こんな日に着物なんか着ていられん! と、堂々と棄権する。これしかないでしょう。

「そう! 真夏は無理して着物を着る必要はない!」

楽しんでこその着物。だから私も、敢えて棄権も厭わない。

それに、夏にはゆかたという風物詩があるじゃないですか。夏ど真ん中の次回は、山龍のゆかたの着こなし術と行きましょう。

と、山龍が不機嫌そうに言った。

「ゆかたは着物やあらへん! 寝間着や! 僕は、ゆかたなんて作ったことないで!」

エエエエ〜〜ッ! どうするっ、私!? 続く〜っ!!

(2007.6.28)