羽根をとられた蝶、マライア・キャリーは復活するか?

カオリ・ナラ・ターナー
極度の神経衰弱に陥り、一時は再起不能と噂されたマライア・キャリーが、再び歌手活動再開の動きを見せています。今年で32歳になるマライアが、コネチカット州にある、超高級のリハビリテーション施設を持つ精神病院に入院したのは昨年、2001年のこと。マライアの広報担当は、彼女は精神的、肉体的に完全に破壊されて、コネチカット州にある、超高級精神病院に入院したと発表しました。

マライアのブレイクダウンは、彼女の元の夫で、今年52歳になる、アメリカ・ソニーミュージックの社長、トミー・モトーラ(Tommy Mottola)との離婚後の確執が原因とされています。その後、レコード会社の移籍、新しい彼との別離、レコード売上の不振、主演映画の不振と、さまざまな苦難が彼女を襲い、精神的に追い詰められたようです。

彼女が個人的に雇っている調査員によれば、彼女の元の夫、トミー・モトーラにいまだに悩まされており、彼が事あるごとに彼女の活動を妨害しようとすると信じ、怯えていると伝えています。ちなみに、この調査員とは英語でinvestigatorといい、ボディガードでもなければ探偵でもなく、秘書とお庭番が合わさったような職業で、ハリウッド・スターや有名アーティストは、個人的にこういった調査員を雇っています。またこのマライアの調査員、ジャック・パラディノは、前大統領、ビル・クリントンが、ジェニファー・フラワーズとのスキャンダルに巻き込まれた時に、クリントンの調査員を勤めた人として有名です。

「彼女の心の影は未だに消えていない。疑いもなく、彼女の虚脱感、脱力感は、あの忌わしい“事件”がまだ後を引いているせいです」と、ジャック・パラディノは語っています。

ジャック・パラディノが言うあの忌わしい“事件”とは、マライアが昨年(2001年)に、ソニーからライバルのイギリスEMIヴァージン・レコードに、1億1千8百万ドルで引き抜かれてから始まったこと。モトーラは、自分を裏切り、ライバルレコード会社に移ったことを根に持ち、マライアに対してさまざまな音楽活動の妨害を行なったと言われています。

たとえば、彼女の新しいアルバムからのシングルカット、“LOVERBOY”(01年に公開されたマライア主演の映画『グリッター(Glitter)』の主題歌)のラジオ放送を力づくで妨害し、放送リストから外させたこと。また彼は、スキャンダル専門のタブロイド紙に、「マライアは、バージン・レコードの仲間、ジャネット・ジャクソンと仲が悪く、映画“Wise girls”の共演者、ミラ・ソルビーノ(Mira Sorvino)に、食卓塩のビンを投げつけたりしている」などのスキャンダルを流したりもしました。

トミー・モトーラが、かつての妻、マライアに取り付き、苦しませていることは、業界に広く知れ渡り、音楽界での色々なジョークや話題の種を提供することになりました。でもさすがに、マライアの音楽活動に深刻な影響が出始めると、誰も笑わなくなりました。調査員、パラディノを中心に、明確な証拠を基に、マライアが受けた精神的打撃、侮辱、中傷に対して告訴すべきだという意見が、業界の大勢を占めるようになったのです。

いっぽうモトーラのほうは、自分の行なったことを公に認めてはいません。「私は、心から彼女の“病気”を心配している。真剣に彼女の個人的な悩み、アーティストとしての活動を支援し続けてきている。私が、彼女を辱めるような、中傷・誹謗を行っているというのは、まったくのデタラメだ」と、告訴の動きに対して、そんな反撥をしています。

マライア・キャリーがトミー・モトーラと初めて出会ったのは、1988年のことでした。当時、マライアは18歳、ブレンダ・K・スター(Brenda K Starr)のバックコーラスをやっていました。初めてマライアに出会ったモトーラは、その才能に驚き、同時に容姿に恵まれていることが幸いし、いずれポップス界の大スターになるだろうと、確信しました。

そして1993年、20歳もの年齢差を超え、ふたりは結婚。その結婚式は「ダイアナ妃の結婚式よりも豪華」と、当時の新聞に書かれたほど、お金に糸目をつけない絢爛豪華なものでした。誰の目から見てもいわゆる「玉の輿」、業界の大物、トミー・モトーラのハートを射止めたマライアは、まさしくシンデレラでした。しかし、1000万ドルをかけたニューヨーク州・ベッドフォード郊外の超豪華な新居は、マライアにとっての牢獄となりました。

これは噂に過ぎませんが、はるか年上の夫、モトーラはとても嫉妬深く、妻の行動をすべて監視していなければ、気がすまなかったようです。マライアが外出することを好まず、買い物に行くにもクラブに出かけるのも、ボディガードを2〜3人つけるありさま、世間から隔離され、夫に干渉され縛り付けられる暮らしに、マライアはとうとう耐え切れなくなってしまったのです。

1997年、マライアは夫の制止を振り切ってベッドフォード郊外の家を出ました。そして間もなく、ふたりは離婚したのです。ふたりの離婚は、大々的に報道されましたから、皆さんもよくご存知だと思います。最初の頃は、ふたりの別離は円満に行われたように言われていました。なぜならマライアは、その後もソニーで数多くのレコーディングを行ない、次々にヒットを飛ばしていたからです。

2001年、モトーラは、ラテン歌手のタリア・ソーディ(Thalia Sodi)と再婚。そしてマライアがイギリスEMIのヴァージン・レコードに移籍したあたりから、モトーラの間は険悪になっていったようです。常にマライアを絶賛し、マスコミに売り込んでいたモトーラは、ライバル社に移ったことで、態度を硬化させました。人によっては、再婚が引き金になったという人もいますし、モトーラは、マライアが家を出た時点から、彼女を恨んでいたという人もいます。ただ、マライアが金の卵である限りは、自分の本心を押し隠すしかなかった……と。

マライアの精神の荒廃、ブレイクダウンは、この頃から始まったようです。以前からセンシティブな精神の持ち主であることは言われていましたが、さまざまなことが重なった結果、リハビリや長期休養が必要なほど、状況が悪化してしまったのです。新しいレコード会社でのプレッシャー、トミー・モトーラの執拗な嫌がらせ、離婚、新しい恋人との破局、共同制作を行なった映画『グリッター』や『Wisegirls』の不評や進行の不備、そしてもっとも肝心なのレコードの売上のダウン……。

世界的な経済低迷の中、大規模な経営合理化方針を打ち出している英音楽大手、EMIグループは01年末、マライアに1960万ポンド(約37億5000万円)の解約金を支払うことで契約を打ち切ると発表しました。マライアはアルバム5枚の発売を条件に、史上最高額の約7000万ポンドで契約を結んでいたのですが、ブレイクダウンで入退院を繰り返した結果、仕事も滞り、かなりの数のファンが離れていってしまったのです。最新アルバムの売り上げも約200万枚と低迷、これ以上の契約は維持できないと踏み、EMIグループはマライアを解雇したのです。

マライアのブレイクダウンについて、もはやゴシップ雑誌だけでなく、多くのマスコミがその様子を伝えています。新しい恋人、ラテン歌手のルイス・ミゲル(Luis Miguel)との破局が訪れた時、マライアは混乱の極みに陥り、マンハッタンのホテルのスイートルームで、皿をたたきつけて割り、グラスを投げつけて粉々にし、泣き喚いたといいます。

その様子をマライアの兄、モーガン・キャリーが雑誌に語っています。「すべてのものが、彼女を没落させる方向に動いているように感じられた。ふたつの映画と、ルイスのことがいちばんの問題で、彼女から、食欲を奪い、睡眠を奪い、精神の極端な混濁を招きました」

キャリーの強い希望で、元オペラ歌手でニューヨーク・ゴールデンズブリッジに住む、母親のパトリシア・キャリーが彼女を引き取りました。ところが、母親と暮らしてもマライアの精神状態はよくならず、ついには救急車を出動させる状態にまでに、病状は悪化しました。

マウントキスコ近くの、ノーザン・ウエストチェスター病院の救急病棟に入った時のキャリーは、まるで麻薬に酔ったような状態で、手首と手の平を包帯で巻いていました。詳細は語られませんでしたが、このことで自殺未遂を疑った人は多くいたようです。実際、そのような報道も数多くなされました。マライアを診た医師は「決して自殺未遂といったことではありません。手首の傷は、何かの事故です」と、発表しましたが……。

皮肉にも、マライアのブレイクダウンは、その当時、不入りだった映画『グリッター』にとって、最高のパブリシティとなり、人々が映画館に詰めかけました。

その後、リハビリテーション施設を備えた超高級精神病院シルバーヒルで、マライアは少しずつ回復し、現在は病院を出て、新たな音楽活動に取り組み始めたというニュースが伝わっています。自分のレーベル『MonarC Music』を設立、今年、02年の末には、自分のレーベルからの第一弾として、シングルとアルバムを発売予定。マライアファンにはとても嬉しいニュースですね。

アメリカの人気テレビドラマ『ER』では、毎回、有名女優や歌手がゲストとして出演し、いつも話題になります。最近、元気を回復したマライアに、「ブレイクダウンした歌手の役柄」で、『ER』に出演しないかという依頼があり、本人は断ったというニュースが伝わってきました。こういった企画が当たり前のように出るあたりは、さすがハリウッド、という感じがします。

私もマライアの音楽は大好きで、アメリカの誇る素晴らしいアーティストだと思っています。不死鳥のようによみがえり、また世界の音楽シーンをリードしてくれることを、心から願っています。
カオリ・ナラ・ターナー
日本人初のメイクアップ・アーティスト・ユニオン正式会員であり、ハリウッドで働くメイクアップ・アーティスト。アカデミー賞受賞作品『アメリカン・ビューティー』や人気テレビ番組『アリー・myラブ』などで活躍する他、後進の日本人の指導にも精力的にあたっている。