ニューヨークテロ犠牲者のための史上最大規模のテレソン

カオリ・ナラ・ターナー
昨年9月11日に起きた、あの忌わしいニューヨークテロは、多くの人々の心に深い傷跡を残しました。それはハリウッドで活躍するスター達にとっても例外ではありません。だからこそ、悲しみの中、彼らはテロ犠牲者の遺族のために立ち上がろうと、強い思いを抱いていたのです。

そこで企画されたのが、“アメリカヒーロー達への追悼”と題する、慈善基金募集のための長時間テレビ番組(テレソン)でした。テロから10日後の9月21日に開催されたこのテレソンには、ロサンジェルス、ニューヨーク、ロンドンなどから60名を越える著名人が意欲的に出席しました。参加者の顔ぶれは、それは豪華なものです。ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ、ブラッド・ピット、トム・ハンクス、トム・クルーズ、キャメロン・ディアスといった、華々しいスクリーンの中で見ることのできる俳優から、ブルース・スプリングトーン、セリーヌ・ディオン、ポール・サイモン、ビリー・ジョエルなどといった世界的に著名なアーティストまでが集結したのです。これほどの豪華メンバーによるイベントは他に類を見ないでしょう。史上最大規模のテレソンとなったのでした。

ただ、テレソンへの出席は、そう簡単なことではありません。開催日は、まだニューヨークテロの直後であり、アメリカ全土でさらなるテロ行為に対して、厳戒体制がとられている最中です。まして、FBIの発表では、テロリストの攻撃目標のひとつとして、ハリウッドのメジャースタジオが含まれているとのことですから、スター達の身が危険にさらされる可能性が充分に考えられるのです。テレソン前日のリハーサルは、ロサンジェルスのCBSテレビジョンスタジオで行なわれたのですが、警備はいつになく厳重であり、もちろん極秘のうちに行なわれたのでした。そんな緊張の中でも、スター達は危険を承知で参加を希望したのです。彼らの並々ならぬ強い意志を私は感じたのでした。

当日のステージは、出席したスター達の豪華さとは対照的に、何十本かのキャンドルに火が灯されただけの、いたって質素なものでした。みなが黒い地味な衣裳をまとい、華々しい紹介もありません。すべての飾り気を排除した、おおよそハリウッドらしからぬ雰囲気の中で行なわれたテレソン。その簡潔さがかえって、追悼の意を濃くし、目的意識をはっきりとさせていました。

ステージでは、トム・ハンクスやトム・クルーズ、その他の俳優達によって、この惨事の中で活躍したヒーロー達についてのスピーチを行ないました。トム・ハンクスの惨事を語る時の震えた声。ジュリア・ロバーツの泣き崩れんばかりに語る姿。トム・クルーズが司教へ捧げた祈り。言葉は短く、飾り気のない率直なスピーチでしたが、それだけに、私達の心に強く響いてくるものがありました。

俳優達のスピーチだけでなく、アーティスト達の歌もまた、勇気と感動を与えてくれました。ロンドンからの中継で、スティングは犠牲者のひとりである、彼の友人にバラード曲“Fragile”を涙ながらに捧げました。引退していたセリーヌ・ディオンも、自ら希望して“God Bless America”を熱唱。ポール・サイモンが煤で汚れた消防士のヘルメットをピアノの上に置いて歌った、“New York State of Mind”はとても印象的でした。

このテレソンに際して、準備の段階から精力的に活動していたジョージ・クルーニーの発案により、募金の電話対応に、25名を越す著名人がスタンバイしていました。ジャック・ニコルソン、アル・パチーノ、シルベスタ・スタローン、メグ・ライアンなどが協力し、テレソンの間、電話応対を受け持ったのです。

ショーのファイナルでは、出席したすべての著名人がステージの上に登場し、共に歌い、共に手を取り合いました。
「今夜、ここに集まった我々は、けっしてヒーローではない。我々は、また人の心を癒すことのできる人間でもなく、この偉大な国家を守りえる人間でもない。我々は、たんにアーティストであり、エンターテイナーにすぎない。ただここで、気持ちを盛り上げ、多くの募金を集めたいと願っている」
今でも、このテレソンの意義を語った、トム・ハンクスの言葉が忘れられません。35のネットワークとケーブルテレビ、さらにアフガニスタンを含む210の国々で同時放映されたこのテレソン。トム・ハンクスの願ったとおり、予想を越える“多くの募金”は現実に集まりました。これだけの豪華キャストによる感動的なステージが、テロによって実現したというのは皮肉なことかもしれません。でも、彼らはひとつのことをやりとげたのです。そして今、ハリウッドが、アメリカがひとつにまとまったのです。これはとても意義のあることだと私は思っています。
カオリ・ナラ・ターナー
日本人初のメイクアップ・アーティスト・ユニオン正式会員であり、ハリウッドで働くメイクアップ・アーティスト。アカデミー賞受賞作品『アメリカン・ビューティー』や人気テレビ番組『アリー・myラブ』などで活躍する他、後進の日本人の指導にも精力的にあたっている。