先週、ついに「5」の数字を見て狂喜乱舞した私。次の目標はとりあえず、「6」の数字を見ないということに定めた。いくら「5」の数字を見たとはいえ、たかが800gも増えればすぐに、再び60kg台に戻るのだが、それでも「見るものか!」と、強い決心をした。
その強い願いが肉体に通じたのか、今週も飲む機会が3回もあったにも関わらず、何と本当に一度も「6」の数字を見ないで乗り切ることができた。しかも一瞬とはいえ、59kgさえも切って、58kgなんていう、久しく見ていない数字にもお目にかかれた。こうなってくると、やっぱりダイエットに気合が入ろうというもの。
しかも今週は4ヶ月振りに会ったの友達に、開口一番「痩せたね〜、すっごい痩せたよ」といってもらえた。ここのところ仕事で会っていた人たちは皆2年ぶり以上の人ばかりだった。そのため、現在の私は数ヶ月前より痩せたとはいえ、そういう人たちにとっては「太ったね」となってしまう。
せっかく痩せたのにも関わらず、気が付いてもらえないどころか(マックスの私を知らないから、当然だけど)、「太ったね」では、痩せる気も失せるというもの。ところが正月明けに会ったきりの友人には、ちゃんと私が「痩せた」ということがわかるらしい。
一緒に食事をしたのだが、話している間中、何回も「やっぱり痩せたよ」なんて連発でいってくれるので、思わず食べる量も減ってしまった(笑)。しかも、今より痩せていた去年より、痩せたように見えるという。彼女のいう時期は、今より3kg程痩せていたのだが、絶対に今のほうが痩せて見えるといわれて、私は益々嬉しくなった。
実際、自分でもそうかもしれないと思うからだ。イヤ、体重的には確かに去年のほうが痩せていた。でも、全身鏡に身体を写したとき、下腹の出具合がグッと細くなったように思うのだ。それに、去年無理矢理はいていたパンツが、今は楽に履ける。体重とは別の何かが、私の中からなくなっていっているようなのだ。
ダイエット塾の七尾先生にその話をすると、急激な痩せ方ではなく、きちんと身体を作りながら痩せているため、きちんと要らない贅肉から落ちているのだろうといわれた。
ダイエットをしているとどうしても、目に見える数字に固執してしまうが、実際には60kgあっても、50kgに見えればそれでいいわけで、久し振りに会った友人から見て「痩せた」と思われるなら、それは今、自分がやっていることが確実に成功しているということだ。そんなことがあったお陰で、今週「6」の数字を見ないという目標を達成することができた。
まったく体重が落ちない時期に、「食べてやる!」と自暴自棄になりかけたのと同様、再び体重が落ちてくると今度は、「戻るものか!」という強い思いに突き動かされる。ダイエットを始めて改めて思うが、自分の性格はかなり単純で、状況や環境、人の言葉に影響されやすいらしい…。