まったくもって遺憾ではあるが、今週で1年続いたこの連載も終わりである。
最後の最後に200g減らすことができ、どうにか結果は「10kg減」ということになったが、それでも目標の20kgの半分である。それに今回の連載のタイトルは「ねばるぞ2kg」だったのに、その数字も、達成できなかった。
1年間にタイトルを4回変えてやってきたが、タイトルどおり痩せたのは最初の3か月だけだった。というか、その時5kg痩せているわけだから、残りの3回で1回分しか痩せなったとも言える。情けない。
けれど私は、1年間で大きなリバウンドもなく、確実に体重が落ち、精神的にも大きな変化を得たことは、それなりの成果だと思っている。もちろんもっと痩せたかったし、もっとサイズダウンしたかったし、「デブ」「太め」「ぽっちゃり」などという言葉が一切当てはまらない女性になりたいと今も思っている。
世間には1か月で5kgとか、3か月で20kg減量したという話はゴロゴロしている。それに比べれば1年で10kg痩せたというのはあまりに小さな成果かもしれない。少なくともその手の広告にあるような「驚異的」と言えるような数字ではないことは確かだが、もしもこの連載をしていなかったなら、間違いなく私は今現在も60kg代の体重で、贅肉を抱えて息切れする毎日を送っていたに違いない。
そして毎日毎日、「明日からダイエットしよう」「痩せたい、痩せたい」と言いながら、結局は好きなものを食べ、怠惰に過ごし、気が付いたらもっと体重が増えていたかもしれない。
けれど私は1年前、「明日から」ではなく、「今日から」ダイエットをすると決めて、ダイエッターになった。食生活を改善し、生活を改め、性格改善にとりくむためマインドコントロールしながら、少しずつ体重を落としてきた。
「継続」なんて、子供の頃からまったく縁がなかったというのに、体操がメニューに加わってからはできる限り毎日やる努力をした。「努力」という言葉も知らなかった私は、「毎日やり続ける」ということが当たり前になるまで時間がかかったが、最近では運動をしないということは、歯を磨かずに寝るのと同じくらいあり得ないことである。
世間でいう「1か月で10kg痩せた」「3か月で20kg痩せた」というものは、大抵がエステティックやサプリメント、お茶など、「努力しなくても痩せるよ」ということが謳い文句になっている。
その方法が良いか悪いかはわからないが、そういう「何か別の力」を借りて痩せた人たちは、その後もその痩せた体型を維持しているのだろうか。
少なくとも私は、以前のように短期間に10kg増えることなど考えられないし、1年かけて変えてきた食習慣や味覚は、簡単には元に戻らないはずだ。特別野菜や果物が好きだったわけではないし、どちらかといえば「食べたほうがいいから食べていた」という程度のサラダなどが、今では一日1回食べなければ、自分自身が気持ち悪い。
一生スレンダーでいたいと願う者にとって、ダイエットは「痩せて終り」ではない。その体型を半永久的に持続させるには、やはり「継続」と「努力」がなければダメなのだ。
目標の半分しか達成できないような、「努力の足りない女」が言うのもなんだが、小さい努力であったとしても、その成果は必ず現れる。日々、わかるような成果を得られなくても、1週間、1か月、1年という単位で振り返れば、きっと変化している自分に気が付けるはずだ。
ダイエッターの諸君! 1年前の私の写真を今再び見て、数か月体重が変わらないことがあっても、1年でこんなに変化するということを確認して欲しい。
私も、連載が終っても、ダイエッターとして「小さい努力」をしていくつもりだ。