よりどりみどり〜Life Style Selection〜


トリビアのせんべい

先週、私が手伝っているオーガニックコットンのブランド『beluga』の新年会があった。一応個室を借り切り、

「では、今年も頑張りましょう! かんぱ〜い!」

なんて、宴会モードに入り、やれビールはジョッキにするか、ピッチャーか。焼酎もいろいろあるわよ、などと宴もたけなわになりかけたときだ。お店の男の子が「失礼しま〜す!」と、お盆を抱えて入ってきた。お盆の上には、小さな升に入った赤いぽち袋が人数分並んでいる。

「今日は節分なので、豆まきのセットです!」

おお! なんとその日は紛れもなく2月3日、節分だったのだ。よりによって節分に新年会とはね。ひな祭りにお雑煮食べてるような、なんとも間抜けな集団。季節を愛で、年中行事を楽しむ日本的心を忘れた行いに、ちょっと反省である。

ぽち袋の中には、豆が5粒入っていた。これで豆まきしても、「鬼は〜外!」のひと言で終わってしまい、福まで呼び込めそうもない。ま、お持ち帰りってことで、みんないただいて帰りましょ! と、ちびっこい升をバッグにしまいかけたとき、その場の最年少、20代前半のピチピチギャルが、ぽち袋を見ながら真剣な眼差しで聞いてきた。

「あの、これってどういう意味ですか?」

赤いぽち袋には、ぶっとい白抜き文字で「大入」と書いてある。つまり、大入袋。もともとは歌舞伎や芝居の興業で、お客さんの入りがよかったときに、お祝いとして関係者に配る金一封を入れる袋を言うのだが、なんとなく縁起のいいときの祝儀袋として、よく使われるやつである。そうか! 最近の子は、「大入袋」ってもんも知らないのか〜。ちょっとびっくりしたが、こういう日本の習わし的なことをくどくど説明すると、なんだかオババくさいので、

「これ、大入袋って言うのよ」

と、シンプルに物知りトーンでやり過ごした。

と、いきなり隣に座っていた、お馴染み、親友のY子が、ニッコニコ顔で会話に参加してきたのだ。

「ねえ、もしかして“おおいり”じゃなくて“おとな”って読んだんじゃない?」
「はい、そうです!」

な〜んて愚かな会話! っと思い、改めて袋を見ると……あらま! 確かに“大人(おとな)”とも読めるじゃない! “人(ひと)”と“入(いり)”は、2本の棒の長いほうが、左か右かで区別されるのだが、このぶっとい書体は、左右同じ長さになっているのである。「大入(おおいり)」という言葉を知らなかったら、「大人(おとな)」と読むのも無理はない。ちなみにY子は子どもの頃、これをずっと「大人(おとな)」用のお年玉袋だと思いこんでいて、大人になると、この赤い袋でお年玉をもらうもんだと信じて疑わなかったのだそうだ。

「いつになったら、この袋でもらえるのかな〜と楽しみにしてたのよね」

読み方以前に、大人になってもお年玉をもらおうと思っている根性自体が、間違っている。でも、大の大人がポケットから「大人」と書いた赤いぽち袋を出して、

「いや、今年もよろしくお願いします。これは気持ちばかりですが……」
「あっ、これはわざわざすみませんな。では、私からも……」

なんて、「大人袋(おとなぶくろ)」交換をやってる姿ってのも、なんか日本人的で、ありそうな気がしないでもない。

こういう、思いこみによる勘違いは、誰にでもあるものだ。
例えば私の場合は、編集者時代、言葉を強調するときに文字の横に打つ「、(傍点)」を、ずっと「棒点」だと思っていた。アルファベットの点はドット、つまりプチッとした点だけど、日本語の点は短い棒みたいな点……ああ、だから「棒点」なんだ。それですっかり思いこんでしまっていた。実際、自分が書いた原稿にボーテンをふるときは、ちょっと長めに、棒を意識して書いていたものである。今から思うとかなり笑える。

「ここ、ボーテン打っといてね」
「ボーテン入れときました!」

などと、作業中言葉では飛び交っていても、あらためて活字で見ることはめったにない専門用語なので、誰も教えてくれないし、ましてや自分で気づくはずがない。実際は、文字の傍らに打つ点という意味で「傍点(ぼうてん)」。聞けば納得である。編集者としてベテランの域に達してから真実を知ったときは、恥ずかしさを通り越して、お笑いであった。

そしてそして、この勘違いコンテストの王座に輝くと断言できるが、新潟県の新野製菓から発売されているせんべい、『名作』である。

このせんべい、きっと誰もが見たことあると思うが、かれこれ20年近く前からあるヒット商品だ。恐らく『歌舞伎揚げ』や『柿の種』と並ぶ伝統的庶民の味と言っても過言ではないだろう。ここ数年、栗山米菓の『ばかうけ』に押されてちょっと存在感が薄くなってしまったが、am/pmには必ずおいてある。歯ごたえのある堅焼きで、たまり醤油系の濃いめの色合いが食欲をそそる一品だ。

この『名作』の名前が、一大センセーションを呼んだのは、10年以上前のことだった。当時住んでいた麻布十番のマンションで、上に住むK美と、その友達のM子と3人で、これを食べながらダラダラしていたときのことだ。

「ねえ、この『名作(めいさく)』って、けっこう後引くよね〜〜」

何気なく言った私の言葉に、M子が即座に反応した。

「何? 何? これって、“きみさく”って読むんじゃないの?」

確かにそうも読めるが、普通は“めいさく”でしょう。せんべいのネーミングとして考えても、“めいさく”のほうがつじつまが合うってもんだ。

「私は、ここのメーカーの会長とか先代とかのじいさんの名前かと思ってたのよね。このおせんべいを作った人とかさ」

そりゃあ、そういう由来の名前もある。でも、この場合は、やっぱり“めいさく”でしょう。よっぽど暇だったのか、せんべいの名前ひとつで、結構話題は盛り上り、結論としては“めいさく”に落ち着く方向に行き始めたとき、それまで黙っていたK美が、不思議そうな顔で口を開いたのだ。

「あのさ。何言ってるの? これ『石作(いしづくり)』でしょ?」

一瞬の沈黙。その後パッケージを見て、私は大笑いした。きっと、筆かなんかでデザインしたのだろう。この『名作』の“名”の字、確かに見方によっては“石”に見える。でも、“石”にしては、上のほうによけいなものが付いてると思うんだけど……アハハハ。

「堅焼きせんべいだから、“いしづくり”だと思ってた!」

いやあ、思いこみってスゴイですね。それぞれに、ちゃんと自分を納得させる理由まであるのだから。以来私は、このせんべいを食べる度に、みんなにこのときの話をしている。

ところが、数年前、このいせんべいに新たな伝説が生まれたのだ。たまたまY子が『名作』を買って来たので、さっそく私はこの話を持ち出した。するとY子は、大笑いするどころか、顔色一つ変えずにこう言ったのである。

「へ〜〜、そうなんだ。私は“タロ作”だと思ってたよ」

タロ作??? ……ゲッ、そういう風にも見えるゾ! でもさ、せんべいに「タロ作」はないでしょう? しかもカタカナだし。なんの裏付けもなく、疑問ももたずに平気で「タロ作」と読む Y子は、やっぱり大物だ。

しかし、たかがせんべいで、4つの名前をもつシロモノなんて、日本中、いや、世界中探してもこの『名作』しかないだろう。最近では、サイズも小さくなり『ひとくち名作』になってしまったが、この名前とデザインは、ずっと守り続けてほしいものだ。頑張れ、名作!!