よりどりみどり〜Life Style Selection〜


ミンクと乙女心

今年は間違いなく暖冬だが、1月に入ってすぐに、東京にも雪がちらついた日があった。何しろ、東京は雪にとことん弱い。すぐに電車は止まるし、転んで骨折する奴は続出するし、雪かきをしないから、町のあちこちにいつまでも雪が薄汚くなったまま残っていたりする。だから、天気予報に雪だるま印を見つけると、ちょっとときめく反面、外出意欲がど〜んと下がってしまうのだ。

ただ、この雪だるま印を見ると必ず思い出すものが一つある。毛皮のコート。もう10年ぐらい前になるだろうか。バブルとはあんまり無関係な生活を送っていたつもりの私も、今から思えばバブルの世の中にドップリと浸かっていたのだろう。突然、“そうだ! 毛皮のコートを買おう!”と思ってしまったのだ。

パーティだとか、オペラを見に行くときとか、特別なディナーのときに、素敵な毛皮のコートが1着あれば、かなりいい女度がアップするに違いない。それに、コートの下は薄手のドレスだけでOKじゃない。そんな妄想に駆られた自分が、今から思うと恥ずかしい。だって、パーティとかオペラなんて、いったいこの10年に何回あったの? しかも毛皮とくれば当然冬限定なので、ますます回数は減る。特別なディナーなんて、いったい何のこと? 楽しいディナーはたっくさんあったけど、そういうときの服装はカジュアルに限る。だいたい、薄手のドレスって、そんなアカデミー賞の受賞式みたいな世界が、お前にあるのか? って話だ。

でも、そのときは、そんなことに全く気づかなかった。とにかく、いい女は毛皮! とばかり、昔、高級婦人服を扱う仕事をしていた親友のY子に頼み込んで、毛皮店を紹介してもらい、買いに行くときも付き合ってもらった。決して安い買い物ではないので、目の利く人がいてくれないと、変なものを買ってしまいそうで不安だったのだ。そんなとこだけ慎重なのが、既に毛皮の身分ではないのだが……。

迷った挙げ句に、サファイアミンクをタップリ使ったコートを買った。Y子の口利きで半額ぐらいにしてもらっても、小型のファミリーカーが買えるくらいの値段だったから、毛皮自体は上質だ。これだけは今でも納得している。そして、忘れもしないY子の言葉。

「毛皮は1枚持ってると、絶対いいわよ。あまり手入れに気を遣う必要ないし」
ふーん、そうなんだ! 毛皮は手入れが大変かと思っていた。
「雨に濡れても、プルプルッてやればそれでいいしね」
体をプルプル震わせて真顔で言う彼女の言葉に、このあたりまでは、なるほど! と感心しながら聞いていたのだが……
「そのまま土の上に寝転がっても大丈夫よ」
そうなの???
「だって動物の毛でしょ? 動物はみんなそうじゃない?」
それって……絶対違うと思う!!! 私は、とんだ奴をアドバイザーに選んでしまったらしい。

慎重かつ大胆に購入したミンクのコートは、今でもきれいなまま、クローゼットに下がっている。この10年に、いったい何回着ただろう? パーティやら何やらに、確かにお供はしているが、だいたい車で行くので、その役目は助手席のアクセサリー。友達とカラオケパーティをやったときに着ていったら、思いっ切り場違いで、私だけ仕事帰りのホステスみたいだったのを覚えている。知り合いのレストランのオープニング・ディナーに招待されていた日が、たまたま大雪になったときが、唯一スポットを浴びた。ただ、吹雪の中、目黒通りでタクシーを求めてうろうろしている内に、ミンクが雪まみれになり、遭難した雪男みたいな有り様で、どう考えてもゴージャスではなかったけど。

そして、この暖冬。毛皮の出る幕全くなし。ファー使いのファッションは、ここ数年流行しているので、よし! 思い切ってリフォームするか! とクローゼットから引っ張り出してみたが……いざ羽織ってみると、う〜ん、やっぱりこの豪華さがいいんだよな〜。めったに袖を通さないけど、持っているという満足感。機能性とか汎用性とかでスパッと理屈で割り切れないでいる自分が、嫌いではない。

よっしゃ! 来年の冬は、ミンクの出番が多い自分を目指すぞ!