テニスをしていると、テニスの上手な男の子がかっこよく見える。
勉強をしているときは、勉強のできる男の人がかっこよく見える。
仕事をしているときは……仕事のできる男の人がかっこよく見える。

小室さんは、RYONが手がけているあたらしい仕事の担当者だ。小室さんは、軽井沢のサナトリウムで静養していそうな、レースのカーテンのたなびく白い窓辺で純文学かなんか読んでそうな、でもキーボード弾いて頭の弱い女ばっかり引っ掛けてるような、そんな感じの人である。

小室さんは、その名のとおり、飛ぶ鳥を落とす勢いでバリバリ仕事をしている。しかし、忙しそうなところは露ほども見せない。小室さんとの打ち合わせを始めると、そこは会社の会議室ではなく軽井沢の草原になり、さわやかな風がそよぐ。
新しい仕事に戸惑うRYONに、小室さんはさわやかな風を吹かし、仕事の進行を促してくれる。

RYONをよく気遣ってくれ、「仕事、はかどってますか?」などとメールをくれる。打ち合わせの前後には、ごはんを食べさせてくれる。RYONのおしゃれにもよく気づき、「今日はシャネル?」などとチェックが入る。RYONがトイレから帰ってきて手のひらをぶらぶらさせていると、ハンカチを貸してくれる。

この辺までなら、なんかいい感じなのでは? とか勘違いしてもよさそうだ。しかし、小室さんはだんだんエスカレートしてくる。

先日、RYONは失恋してモノが喉を通らなくなり、お腹を空かせて目を回していたら、小室さんは優しくRYONにいった。
「僕のお弁当があるから、ちょっと食べておいで」
小室さんは、昼食に出されたらしき仕出し弁当(新品)をくれ、RYONを休憩室に押し込んだ。そして30分後、またRYONを迎えに来て、残りの打ち合わせを済ませた。

またあるときは、RYONが打ち合わせに必要な書類をきちんと用意して行ったところ、「えらい!」などと褒めてくれた。

そして小室さんは、RYONについてこんなことをいっていたそうだ。
「ちょっと甘やかしすぎたかなぁ……」
まるで子育てに悩むお父さんのようだ。

怪しい怪しいとは思っていたが、やはりそういうことだったか。打ち合わせの度に腹を減らしてくるほうもどうかしているが、「食事に連れて行ってくれる」というよりは、「モノを食べさせてくれる」という場合のほうが多い。どうやら小室さんは純粋に、RYONの食生活の管理をしてくれているようだ。

RYONの服装チェックが始まったのは、先月、初の報酬をもらってからだ。そして全身シャネルなんか着ていると、「まあ、もらった金をどう使うかはあなたの勝手だけどね……」などとつぶやき、なんだか今にも説教されそうである。

それにやはり、仕事相手が普通に仕事をこなしてきたからといって、「えらい!」ではないと思う。

1年ほど一緒に仕事をするうちに、小室さんはすっかりRYONのお父さんになってしまったようだ。いや、もうそろそろいい年のRYONとしては、恋人とかそういうのが欲しいんだが……。